北岡の道場となった「パンクラスイズム横浜」に鈴木みのるが看板を譲渡

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 3月30日午後、鈴木みのるから北岡悟へパンクラスの看板が譲渡された。場所は神奈川県横浜市の「パンクラスイズム横浜」。この場所は、1999年から23年間「パンクラス横浜道場」として選手たちが汗を流してきた、言わば「パンクラスの聖地」と言える場所だ。しかし、この1月で閉鎖が決定。そこへ、北岡が継ぐことを名乗り出た。鈴木をはじめ、パンクラスism所属選手らも北岡がパンクラスの名を継ぐことを了承し、3月上旬オープンの運びとなった。
 鈴木は「この道場は約23年前に横浜に生まれて、いろんな選手がパンクラスで闘ってきたけど、閉鎖も時代の流れで仕方ないのかなと思ってたんだけど。そこへ北岡から連絡をもらって、“僕が道場を継ぎたい”と。どうせ続けるなら、この看板も持って行ってくれないかという俺の思いがあって。北岡ももちろん、そのつもりだっただろうし、この新しい道場ができたのと同時に、ぜひ看板を受け取ってほしいなと思ってお集まりいただきました」と経緯を話した。

 パンクラスは2年前に現代表・酒井正和氏に経営権が移った。その後、ルールの改正やケージの導入などを経ながら道場も運営されてきたが、「横浜道場は東京と距離もあり、フォローが難しかった。横浜道場は守っていくべきものではあるが、現実問題として続けていけなくなった」(酒井氏)という理由で、今年1月いっぱいでの閉鎖が決まった。
 そこに、ちょうどジム運営を考えていた北岡とのタイミングが合った形で、横浜道場は「パンクラスイズム横浜」として生まれ変わることとなったのだ。
 北岡は「格闘技選手のみで15年間やってきて、それを変えることには葛藤があった。でも、もし自分が格闘技のジムをやるとしたら、パンクラスの道場、パンクラスのジムをやりたいなと思った。それは“もしも”でしかなかったけど、横浜道場が閉まるというタイミングと重なって、鈴木さんや川村(亮)と話してお願いして。この話を受けていただいた」と話す。

2016-03-30パンクラスイズム パンクラスと言えば、この看板。パンクラス誕生以来、その歴史を見守り続けてきたこの看板は、まさにパンクラスの魂がこもった象徴なのだ。北岡は「いろんな思いはあるが、あとはやっていくだけ。長い歴史があるものだけど、僕はまだ1ヶ月。“格闘家・北岡悟”でありながら、どういったものをやっていけるのか、勝負は続いて行くと思っている。あの看板はもう僕のもの。よほどの人間が現れない限り、僕のもの。これを盾でなく、剣にしてやっていきたい」と、看板を受け取る覚悟を語った。
 これに対して鈴木は、「これを任せるということは、この先どうなってもいいと思ってる。俺がパンクラスを抜けた後、この道場はいろんな人の所有物になったけど、あの看板だけは俺のものだった。だから、ここを閉鎖するなら、あの看板は持って帰ろうと思ってた。たかだか木の板だけど、あそこには若者の“歴史を変えてやろう”っていう気持ちがこもってるから。でも、北岡に任せることにした。“良くも悪くも”なんて言葉すらない。それが渡すということだから。たとえて言えば、旅に出ていた弟が戻ってきたから、じゃ、家のことは任せるわ、みたいな感じかな」と全幅の信頼を寄せる。
 鈴木もパンクラスを抜け、missionとしてプロレスに転向しており、北岡もまた、パンクラスを退団した。しかし、事情はあっても、2人ともパンクラスを愛し続けてきたのだ。
 この日は会見前に渡辺大介、有己空(近藤有己)が練習していた。旧横浜道場と同じように、パンクラスism所属選手は練習することができる。鈴木も「俺も、時間があるとき器具を使って練習したいな」と笑った。

 「パンクラスイズム横浜」の名称は、北岡が決めた。夜中にふと浮かんだものだという。北岡は「浮かんだら、これしかないと思った。これなら“横浜道場”や“パンクラス横浜”、もちろん“イズム”など、これまで呼ばれてきた名称とも違和感がなく、旧横浜道場の全てが永遠に残る、この名前しかないなと思った」と話した。
 道場の右側にはフルケージが入り、トレーニング器具が並び、壁にはカラフルな壁画が描かれている。そういったものと重ならない位置ということで、左側に決まった。左側はマットと練習用のリングロープが設置されているだけでシンプル。右側は新しい雰囲気、左側はレトロな感じと、対照的に配置されている。
 フルケージが入っているジムは、まだまだ少ない。北岡は「多分、フルケージがあるジムは、全国でもまだ10ヵ所もないと思います」と胸を張る。そのケージを囲むように、ランニングマシンやウェイト器材、サンドバッグなどが並ぶ。さらに明るい色彩の壁画が雰囲気を盛り上げる。大阪のイラストレーターが描いたもので、「パンクラスイズム横浜」の名がデザインされている。北岡は「ケージを入れると怖い雰囲気になるので、明るいイメージのものをお願いした。ケージに赤と黒が使われているため、この2色は敢えて入れずに描いてもらった」と話す。白く塗られた天井や壁とともに、親しみやすい雰囲気だ。

2016-03-30パンクラスイズム3 さて、ここまできて、ジムの中にあのバッテンマークがどこにもないことに気がついた。パンクラスと言えば、あのロゴでは? 北岡は「今、パンクラスのあのマークというのは、酒井代表が扱っている。それとは棲み分けというか、差別化したいという気持ちがある。あのバッテンに負けないパンクラスを作りたいし、あの偉大なマークに頼ることなくやっていこうと思ったから。こっちはこっちで頑張って、ぶつかった時にいいものが作れればいい。でも、敵視じゃないですよ。ライバル視ですね」と話す。
北岡の目指すのは、パンクラスをより普遍的なものにしていくことだ。道場オープン発表では「パンクラスという言葉は興行名だけではなく、格闘技のいち流派であり、パンクラスismを多くの人が共有し、全ての会員さんに“パンクラスイズム”を名乗ってほしい」と話している。時代の流れとともに変化してきたパンクラス。道場が生まれ変わったことにより、「パンクラス」は新しい命を吹き込まれ広がり、不滅のものとなる。
 看板は、入口を入って左側の壁に設置された。北岡は「高めに掲げたかった。先人たちが見守ってくれているように」と言う。パンクラスの魂がこもった看板は、全てを見渡せる位置から、これからも多くの選手たちを見守っていく。北岡の勇気ある決断に拍手を送るとともに、さらなる活躍を期待してやまない。

(写真・文/佐佐木 澪)

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