寝技受難の時代に一筋の光明! 朝倉未来の未来はどうなる!?【RIZIN.28】

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(文/フリーライター安西伸一)

近年のプロ総合格闘技は、多くの寝技が得意な選手にとって、不遇の時代だ。

かつてグレイシー一族がバーリ・トゥードの中で築き上げてきた闘い方の方程式は、一流どころの選手にはもはや通じない。組み技での勝負を望む選手が、相手の打撃をかいくぐりグラウンドに持ち込んでも、寝技の攻防にならず、倒された相手は脱出してスタンドに戻ってしまう術(すべ)を身につけた。

朝倉海と対戦した渡部修斗は、「わざと寝技に誘った。バックを取らせようとしたけれど、(海選手は)来なかった」と試合後にコメントしていたが、相手が寝技に長けた選手だったら、組み合いを徹底的に避け、スタンドの打撃で勝負にいくか、パウンドで粉砕するのが、現代の総合格闘技の定石だ。

仮に寝技の得意な選手が、やっとテイクダウンに持ち込めたとしても、徒労に終わってしまうのが現状。18年ぶりに総合格闘技の大会が東京ドームで開かれるというのに、グレイシーと名のつく選手が話題にのぼることも、もはやない。1993年、コロラド州デンバーで披露された第1回UFCでの『ノー・ホールズ・バード(何でも有り)』の世界は、確実に『ミックスト・マーシャル・アーツ(MMA)』に変化していた。

昨年の大晦日、堀口恭司はスタンドの打撃で、芸術的な勝利を掴んだ。文句のつけようのない、美しくも激しい勝利だった。でも総合格闘技の本来の魅力は、決してスタンドの打撃だけではないはずだ。だけどそれを現代のMMAで実証するには、卓越したサブミッションの技術と並はずれた体力のある、“グラップリング界のスーパーマン”が登場しなければ、今のこの流れは変えられない。

果たしてそんな“スーパーマン”は、世界のどこかに現れるのか。記者席から闘いのリングを見つめていたら、ブラジリアン柔術の2人の選手が、東京ドームという大舞台で鮮やかな勝利。キッチリと絞め技で一本勝ちを決めて見せた。

スタンディングの打撃戦が主流のMMAの流れを、ぶった切るような可能性を秘めた2人は、静岡在住の日系ブラジル人。我々のすぐそばにいたのだ。

まずホベルト・サトシ・ソウザは、ブラジリアン柔術の実力は世界レベルの一級品。RIZINライト級初代王者決定戦に出場し、アゼルバイジャンのトフィック・ムサエフを1ラウンドで制した。ムサエフはコロナ禍の日本に到着してから2週間、ホテルで待機というハンディがあり、フェアな条件とは言い難かったが、それでもサトシの戴冠は称えられるべきだ。

クレベル・コイケは、柔術をベースに早くからMMAの世界に飛び込み、海外でも実績を積んでのし上がってきた選手。まだまだ荒削りなところもあるが、フェザー級戦で朝倉未来を2ラウンドで葬った。

フィニッシュは両者とも、引き込んでからのトライアングル・チョーク=三角絞め。あの足の長さ、脚力の強さは、なかなか日本人にはマネ出来るものではない。4の字ロックがガッチリ入ってしまう前に、何とかしないといけないのだが、優秀な柔術家は股のあいだに微妙にすきまを作り、餌をまいて、その方向に相手を一度逃がしてから、完璧に絞めあげたりしていく。

クレベルは、相手にミスがあったから一本勝ち出来たという趣旨のコメントをしたが、朝倉未来が研究し、このミスを克服したとしても、今度は別のワナを賢明な柔術家なら仕掛けてくるだろう。

未来は1ラウンド、スタンドの攻防で、2回は勝つチャンスがあったように思う。まず、最初のグラウンドの攻防から離れた直後のこと。パンチの連打を顔面に食らったクレベルは、足がもつれていた。中盤でも未来のパンチ連打が、クレベルの顔面をとらえた。でも未来はここで深追いをしなかった。

未来の腰は引けているように見えなかったので、寝技に再び引き込まれるのを恐れたわけではないとは思ったが、「まだ(相手の)目が死んでいなかったので、うかつには入れない。効いているのはわかったけれど」とは、試合後の未来のコメント。

そして「組み力は思ったより、なかった。安心しちゃうんですよね」と未来。でも、“押さば引け、引かば押せ”と言われるように、柔軟に闘うのがそもそも柔道や柔術の極意。特にブラジリアン柔術は本来、弱い者が強い者に勝つために、相手の動きを利用して仕留めに行く護身術なので、むげに力は使わないものなのだ。

2ラウンドに入ると未来はスタンドでコーナーに詰められ、クレベルの右のヒジ打ちを続けて顔面に食らう。右目の周囲が腫れてくる未来。

そこからグラウンドに引き込まれるのだが、コーナー下でクローズドガードを取るクレベルは、背中をダンゴ虫のように丸めて、着々と三角絞めに入るためのトラップを仕掛けだした。

今からもう27年も前の事になるが、第4回UFCがアメリカのオクラホマ州タルサで行なわれた時、メインでホイス・グレイシーがダニエル・スバーンと対戦。スバーンはレスリングのほか柔道とサンボの経験者という触れ込みだった。

ホイスは金網の下に追い込まれ、上から体の大きなスバーンにのしかかられたが、時間をかけゆっくりポジションを決め、やはりダンゴ虫のように体を丸めながら、下から三角絞めを決めている。

あとでスバーンに聞くとフィニッシュになったこの技を、知らなかったとのこと。訳が分からないうちに苦しくなり、負けてしまっていたのだ。

試合後、ホイスの兄のホリオン・グレイシーに、「あのように逃げ場のない所に追い詰められたら、下にいるホイスは圧倒的に不利ではなかったのか? ヒヤヒヤしなかったか?」と尋ねると、あきれたようにホリオンは目を丸くして、でもきちんと、知識のなかったこちらに状況を説明してくれた。

「上にいる相手は、足の裏か両ヒザをマットにつけていることになる。だから攻撃は両腕でしか出来ない。でも下にいる人間は、腰をマットにつけているから両足を下から自由に使えるし、両腕も使える。つまり2本対4本なんだ。どちらが有利かわかるだろう?」

下の選手がまだ元気ならば、両足で相手を遠ざけることもできるし、逆に引き込んで密着することもできる。近年のMMAではその対処法も研究され、上からパウンドされたり、立たれてしまうことがほとんどで、なかなかうまくいかないのが現状なのだが、東京ドームではクレベルもサトシも、両手両足を使って確実に下から決めて見せた。

この場面での未来の深追いは、敗北につながった。クレベルは一見、追い詰められた位置にいるように見えるが、実は好機を迎えていたのだ。それをものにしたクレベルに、この日の勝利の女神は微笑んだということだろう。

東京ドーム大会で、これほど注目を浴びた三角絞めだ。今後さらに、世界中の選手が対策を研究していくに違いない。次、同じ対戦カードが実現したらどうなるかはわからないが、この夜はボンサイ柔術にとって、歓喜の一夜となった。

朝倉未来の敗戦シーン。未来はタップしないで落とされたが、かつて船木誠勝は、ヒクソン・グレイシーにリアネイキッド・チョークを決められ、タップしないまま、同じく失神している。試合前、船木はセコンドの高橋義生に、自分は絶対ギブアップしないから、どんなことがあってもタオルは投げるなと指示していた。

この試合、レフェリーは試合の“見届け人”であり、勝敗を決定する権利は、あくまで選手の意思か、セコンドのタオル投入のみ。だからもし自分が失神しても試合は終わらないし、そのあとはどうなるのかわからない、という覚悟で船木は試合に臨んでいた。

実際には船木が落ちた後、すぐに鈴木みのるがリング内に飛び込んできて、いわばそれがタオル投入と同意義にも取れるし、船木が失神しヒクソンが腕をほどいた時点で、試合は終了。それに誰も異議をはさむ者はいなかった。

朝倉未来はギブアップしなかったが、現代のRIZINのルールでは、状況を見てレフェリーには試合を止める権利がある。つまり、一定の安全は保障されていることになる。ギブアップしないとする未来の覚悟は、覚悟としては尊重してやりたい。

でも以前、エリオ・グレイシーさんは、こんな話を笑顔でしてくれたことがある。

「グレイシー一族は決してギブアップしない、なんて言われているけど、そんな事はないんだ。完全に決まっていたらタップするし、闘っている者がもしタップしなかったら、身内のセコンドがタオルを投げるよ。ただしそれは、完全に決まっていたらの話だ。キチンと押さえ込まれておらず、まだ逃げられる方法がある時には、レフェリーに試合を止められるなんて論外だよ」

また、こんな話を聞いた事もある。かつて10代の若者がアメリカの柔術の道場でスパーリングをしていて、ヒザ十字だったかを完璧に決められてしまったのに、ギブアップは恥と思ったのかタップしなかったら、ヒザに大ケガを負ってしまったそうだ。

大事な選手生命を、こんなことで縮めてほしくはない。練習は練習。強くなるために、失敗を経験することだって重要だ。新人戦で経験を積む時期だってある。

でもプロの大会に勇躍出てきた選手に、敗戦後、「今日の負けはキレイサッパリ忘れて、明日からまた気分一新、再スタートします」とか「俺も歳をとったということ。若かったら負けちゃいない」なんて、もしも言い出されたら、じゃあ今日の勝負は何だったんだと言いたくもなる。

ヒクソンは試合に臨む心構えとして、「スポーツの試合のように『今日負けても明日勝てばいい』なんていう気持ちは全くない」と、険しい表情で言い切っていた。

格闘技は闘いである。昔だったら、“果たし合い”で負けたら、それは死を意味していたはずだ。

だから未来が試合後のコメントブースで、「今後は引退も含めて、考えてみてって感じですね」と言った時、試合に懸けていた大きな覚悟を感じて、東京ドームのメインという舞台の重さを、改めて突きつけられた思いだった。

その後、榊原信行RIZIN実行委員長が「こんな所でやめさせる気は全くない!」と断言し、未来本人も翌日にはすぐに撤回しているので、引退騒動はすぐに鎮火したが、格闘技に取り組む厳しい心情を、はからずも垣間見せた未来。

強くなるには、どうしたらいいのか。身体能力の高いスパーリング相手は、どこにいるのか。誰かに指導をあおぐのか。それともゴーイング・マイウェイを貫いて、天下を取るのか。

朝倉未来の今後には、注目せざるを得ない。

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