「ミスター・パンクラス」近藤有己が巌流島に初参戦!
「ミスター・パンクラス」近藤有己が巌流島に初参戦。88kg契約の特別試合で後藤龍治を圧倒、判定3−0で見事な勝利を収めた。
42歳の近藤は1996年にパンクラスデビュー。なんとプロ生活21年目を迎えた。
デビューわずか5戦目で鈴木みのるに勝ったあと、第2回ネオブラッド・トーナメント優勝。その後、第5代&第8代無差別級KOP、第3代ライトヘビー級KOP、暫定&第9代ミドル級KOPと、3階級を制覇している。また、PRIDE、戦極など国内の大会に加え、UFCをはじめ海外での経験も豊富だ。パンクラス入門前には少林寺拳法(二段)を経験しているため、巌流島では「少林寺拳法」と「パンクラシスト」2つの格闘技歴が紹介された。
対する後藤は40歳。シュートボクシング(ウェルター級)、MA日本キックボクシング(ウェルター級)、新日本キックボクシング協会(ミドル級)、IMF(スーパーウェルター級)などで王座を獲得し、「立ち技バーリトゥーダー」と呼ばれる。2002年に行われたK-1 MAX日本一決定トーナメントでは魔裟斗に敗れ3位となった。
今回、かつて拳を交えた魔裟斗の推薦により、初参戦を果たした。
1R、近藤は落ち着いて後藤の打撃をさばき、場外へ持っていくが同体。試合後半は近藤が打撃で押して終了。
続く2Rでは、近藤の打撃に後藤が下がる。後藤が左フックを振るが、近藤は組んで押し倒し「転落」を取る。
3Rも打撃で近藤が押す。「ハイ! ハイ!」と声を出しながらリズミカルにパンチを出していく。さらに後半、近藤はパンチでたたみかけていき。押して「転落」を取る。「転落」を奪い、さらに手数でも優る近藤が判定勝利を収めた。
試合を終えた近藤に感想を聞くと、道着が気に入ったと話した。
少林寺拳法時代に道着はもちろん着ているが、袖がないところが新鮮だという。
「下が短パンなところもいいです。僕、短パンが好きなんですよ。それに、ドラゴンボールの悟空みたいでかっこいいです」と笑った。
道着の色は様々。近藤はトレードマークであるブルーの道着で登場した。カラーは大会側からの提案だという。「でも、もし違う色だったら、青にしてくださいと言うつもりでした」と語った。
そんな近藤は、自他ともに認めるパンクラシストである。
パンクラスに上がっていさえすればパンクラシストなのではない。パンクラスの魂をもって闘う選手のことをパンクラシストという。
パンクラスがリングから完全にケージへ移行する際、内外に賛否両論が渦巻いた。しかし、近藤に感想を求めると、あっさりと「ケージになって良かったです」と答えた。意外だった。パンクラス初期から闘い、「パンクラス」の看板を背負って闘ってきた選手だけに、「寂しいですね」などの言葉が返ってくるだろうと思っていたのだ。
しかし、近藤に感傷はなかった。そして、パンクラシストである以上に「格闘家」だった。だからこそ、ドントムーブや場外への転落がなく、試合の流れを妨げられにくいケージを喜んだのだ。
また、ある程度、年齢を重ねると、引退を念頭に置く選手は多い。「もうあと何年もできない」と考えるようになる。それは当たり前のことだし、決して否定すべきことではない。
けれど、近藤は違う。近藤の辞書に「引退」の文字はない。死ぬまで闘い続けたいと考えているし、それを本気でやろうとしている。
闘うことが生きること――それが近藤有己という人間なのだ。
そして、近藤はまた1つ、新しい闘いを見つけた。
「ケージでやるMMAはすごくいいです。ルールも含め、格闘技として完成形に近いと思っています。でも、今日やってみて、道着を着て、襟をつかんで押し出す、そういうものも忘れてはいけないなと思いました」。
殴る。蹴る。投げる。押し倒す。そういう闘いの形に、洗練されたMMAとはまた違うプリミティブなものを見いだしたのかも知れない。
「ぜひ、また出たいです。今度は道着をもっとつかんでいくやり方を研究します」と楽しそうに話した。
巌流島に出会ったことで、近藤有己という格闘家は、また一回り大きく成長するだろう。今後も決して止まることのない近藤の歩みに注目したい。
(文・佐佐木 澪)