【会見全文】巡業バスとの接触で亡くなった長尾一大心さんに関して全日本プロレスが経過報告。12月31日まで各会場で献花台を設置し、10月29日釧路大会を追悼大会へ

9月12日、全日本プロレスが9月7日に亡くなった長尾一大心(ながおたいしん)さんに関する記者会見を行った。
長尾さんは北海道・釧路市出身の2003年9月13日生まれ。2024年10月22日のデビュー時には164cm・75kgとジュニアヘビー級の体型であり、柔道の他に中学までアイスホッケーをやっていたというプロレス界では一風変わったスポーツ歴を持っていた。
後楽園ホールでのデビュー戦後には「まず世界ジュニアを獲りたいです。最年少(での戴冠)を目指したいです」と展望を語り、目標とする選手の名を聞かれると「目標とするレスラーはいません。僕は唯一無二を目指していきたいと思います」と即答する大器の片鱗を見せていた。
だが5月31日全日本プロレス道場付近の路上付近で長尾さんと巡業バスが接触。横浜市内の病院に運ばれ治療を開始した。腹部が圧迫されたことによる外傷性ショックにより、集中治療室で予断を許さない状況となり、9月6日早朝に容態が急変し、9月7日に敗血症により亡くなった。
再発防止策として、巡業バスを外部の運転手への委託により運行していたが、事故発生後は外部のバス運行会社に委託する形に変更することに。またバスの乗降は周辺を十分確認し、安全の確保を第一での運行を徹底する形へ。本案件は日本プロレスリング連盟に本件の報告を行い、周知啓蒙する形となった。
以下は会見の全文。会見には全日本プロレスの福田剛紀(ふくだつよき)社長と十枝利樹(とえだとしき)取締役が出席した。

福田社長「座ったままで失礼させていただきます。本日はお集まりいただきまして誠にありがとうございます。これから長尾一大心選手の件をご報告させていただきます。また、この場をお借りして、復帰を信じて絶え間なくエールを送ってくださったファンの皆様に感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。
去る5月31日の午後、全日本プロレス道場付近の路上で、長尾一大心選手が巡業バスを誘導中にバスに接触するという交通事故が起きました。救急車で横浜市内の病院に緊急搬送され、腹部圧迫による外傷性ショックのため、集中治療室で治療を始めました。幾度も手術を行い、医療機関の方々も全力で治療に当たってくれました。
6月中旬以降は病院とご両親の許可を得て、所属選手とスタッフが長尾選手を面会に訪れました。また、ファンの皆様からお預かりした温かいお気持ちのメッセージや千羽鶴などは、ご両親を通じて病室に届けられました。1日も早い回復とリング復帰を期待していたのですが、9月6日の早朝に容体が急変し、9月7日の早朝に敗血症によって誠に残念ながら帰らぬ人となってしまいました。
9月10日に火葬が執り行われ、所属選手とスタッフとご縁が深かった選手とで最後の見送りを行い、ご両親が収骨なさいました。
今回の事故の原因ですが、現在は警察が運転手から聞き取りを行うなどして捜査中であり、本当に申し訳ありませんが、まだ具体的な事象を申し上げられる段階にはございません。今回、全く予想していなかったこと、起きてはいけないことが現実に起こってしまったことを胸に刻み、再発防止に努めております。
巡業に使っていたバスは、自社所有ながら、運転手はその都度2名ずつ外部の方々に委託をしておりました。今後は、再発防止と安全の徹底のために、社有バスの運行を取りやめ、外部のバス運行会社に選手の移動を委託するようにいたしました。バスの乗降時には十分に安全に配慮し、例えば出発地や目的地が細い道沿いなどで運転手が不安を感じるような場合には、絶対に止めず、少し離れていても安全に乗り降りできる場所に駐車をさせて、自分たち自身で移動することにいたしました。他団体でも交通事故を起こさないよう、今回のケースを日本プロレスリング連盟に報告を行い、業界全体に周知、啓蒙させていきたいと考えております。
交通事故は、被害を受けたものも事故を起こしたものもそればかりでなく、その周りの人々全てに影響が及ぶ本当に怖いものだと今改めて実感しております。バスについてだけでなく、普通車を運転する者も社内には多くおりますので、今後は警察署の協力を得て定期的に社内で安全運転講習を行い、安全運転を徹底させていくつもりでございます。
私どもも、将来の全日を担うと期待されていた貴重な人材を失って、深い悲しみの底におります。みんなから愛された長尾選手。今まで長尾選手に対して応援してくださり、リング復帰を信じてエールを送ってくださったファンの皆様に改めて御礼を申し上げます。以上、長尾一大心選手に関するご報告でございました」
――事故の状況については詳しいことは現在説明できないということでしたが、バスの運転されてた方っていうのは現在どのような状況になっているんでしょうか?
十枝取締役「現在の状況は詳細を把握しているわけではございませんが、私が担当警察署との窓口になっておりますので、警察署からの報告によると、事情聴取をですね、重ねておりまして、まだ事情聴取そのもの全てが終了してないという状況下にあります。で、運転手そのもの、本人はいわゆる警察からの呼び出しに対応しているという状況下にございます。あの、皆さんご存知かと思いますが、警察署の方で事情聴取のうえ、その事情聴取を含めた資料を検察庁、検察庁の方に送り、そこで罪状が決まるというシステムになっておりますので、今その状況で警察の呼び出し、警察からの事情聴取の対応を運転手はしてる最中だと理解しております」
――バスについてなんですけど、現在は自社バスは使ってないということなんですけど、例えば後方の確認装置ですとか、そういった設備に関しては十分だったんでしょうか?
十枝取締役「いわゆる所有してるバスの質問ですね。はい。そこは定期点検を含めて、車検含めて、そういういわゆる法的点検、あるいは乗車前の設備点検等は徹底しておりました」
――事故の報告を受けたのはどなたで、その時の説明みたいなのがわかれば教えていただきたいんですけど
十枝取締役「はい。事故そのものは、選手の代表から私に一報がありました。それで、一報があった時点では、事故の後、救急車を手配し、救急車に乗って、今その救急病院に向かってる最中だということの内容でした。それで、もちろん救急車も呼びましたので、警察も到着し、現場検証というような状態の中での報告がございました。私に一報がありました」
――救急車を呼んだのは選手
十枝取締役「はい、選手が呼びました」
――事故が起きた時に選手の方々もバスに乗っていた状況だった
十枝取締役「はい」

――再発を防ぎたいという意味でちょっとご質問をいくつかさせていただきたいんですけれども、事故が起きた時に、当日の欠場の発表がですね、怪我のため欠場します、鈴木秀樹選手との試合がなくなりますってことだったんですけども、この時にこの事故がこういうことが起きまして欠場に至りましたという発表ではなかったと思います。それの理由というのを教えてください
福田社長「病院で治療をすぐに開始できたものですから、どこまで入院が長引くかと全く分からず、意外と早く回復できるかもしれないと思って、さほど深刻に捕らえていなかったというのが最初のこの話でございます」
――それは福田社長の判断で、怪我ということで発表するっていうことだったんでしょうか?
福田社長「それは私独断ではなく、社内での判断でした」
――誘導中に接触っていうこの事故の詳細なんですけれども、今警察の捜査中ということなんですけど、今明かせる範囲で、どのような形で接触したというものが明かせるんであれば教えてほしいということと、その再発という意味で、いわゆる若手選手がバスを誘導するということは今までは普通にあったことなんでしょうか?それと再発防止策の中で、これからは選手が誘導するということはやめていくっていうお考えなんでしょうか?
福田社長「まず、再発防止の件ですけれども、今回、誘導どうして必要かっていうと、やはり細い道というのが1つのネックだったものですから、先ほど申しました通り、もう安全なところにしか停めないようにということを今後徹底していくつもりでございます」
――今までは若い選手が誘導をするってことは日常的というか、当たり前のことなんでしょうか?
福田社長「はい、それは地元の安全を考えて行っていたことのようです。その前は例えば、全然関係ない車が通りかかったりとか、事故を起こしてもいけないですし、やはり従来あったことのようです」
――これからはそれはじゃあやめていく
福田社長「はい」
――長尾選手のご家族にはいつこの事故を報告して、どのような対応というか、ご家族はどういう風におっしゃっているのか、あと団体としてのご家族への対応を教えてください
十枝取締役「はい。当日、救急車で病院に搬送され、その時点でご家族には救急車に同行、同伴、一緒に乗っていった選手がいるんです。その選手から、ご実家が釧路なんですけども、釧路のご両親にご報告を申し上げ、関東にご親戚の方がいらっしゃって、まずご親戚の方が病院に到着され、ご両親も追って、当日夜には病院に到着されましたね。合わせて、私も選手からの一報を受け、夕方頃病院に到着しましたいう状態になってまして、今、ご両親とは、我々も日々、色々お打ち合わせさせていただいて、今後のことも含めて、ただ、今、今日現在、先ほど福田の方から報告がありました、9月の10日に火葬式と言いますか、火葬の儀を行わせていただいて、そこにも私ども全日本プロレスの所属選手並びにスタッフも参列させていただいて、今、お父様、お母様の元にですね、ご遺骨がおありになると。ただ、釧路でのご葬儀の詳細につきましては、今日、今の時点では日程は抑えてるという風に伺っておりますが、詳細はまだ決まっていないということでしたので、今その状態の中にあります。ご両親とは、私が全日本プロレスの窓口として、日々ですね、ご連絡をいただいたり、ご連絡を差し上げたりという対応をさせていただいている最中でございます」
――火葬が行われたのは横浜市内ですか?
十枝取締役「横浜市内です」
――この3ヶ月間、中尾選手は意識はあったのでしょうか?7月にご面会などされているということでしたが、その時にファンからのメッセージであったり、選手からの応援というのは本人には届いていたのでしょうか?
十枝取締役「はい。詳しい表現はしにくいところあるんですが、基本全身麻酔、全身麻酔を受けた中で集中治療室におりました。それで、先ほど、これも福田からありましたけど、今質問がありましたように、私も含めて選手、スタッフが6月の中旬以降、病院とご両親の許可をいただき面会をさせてくれました。その時も、そのタイミングにもよるんですけども、いわゆる麻酔を受けて睡眠されてる状態の時、あるいは麻酔を受けていても睡眠していない状態の時があるように伺ってまして。我々の面会の中で、なんて言うんでしょうか。私も良く考えればということですけども、我々の問いかけに反応してくれたというふうに、面会の時には、我々だけじゃなくて、必ずご両親が立ち会っておりました。で、ご両親のお言葉とか、我々の感じを率直にご報告すると、言葉が通じてる部分もあるのかなと。私個人的に言えば、回復する可能性があるなという感じを受けました。ただ、それはご本人の表現じゃございませんので、何か問いかけたり…(涙をこらえながら)激励したり、皆様のファンからいただいた言葉を伝える時にですね、一大心君は反応してくれた感じを受けました。お父様お母様も、こんなふうに動いたことはなかったと。非常にこう親しいスタッフであるとか、選手であるとかの問いかけには反応いただいたように感じました。それはただ、あくまでも私ども、あるいは私の個人的感想なので、それは信じたいと思います」
――選手たちもショックを受けられてると思うんですけど、今の選手たちのメンタルの状況であったりであるだとか、団体内の状況っていうのは今どのような状況なんでしょうか?
十枝取締役「はい。これも皆様もお察しいただけるかと思いますが、私が今日の会見の最後にお願いしようと思ってましたが、全日本プロレス今、長尾一大心選手のご逝去に関して、気持ちの心の整理がまだできておりません。すごく悔しく、辛い思いの中におります。ただ、先ほど申し上げましたように、私はご両親様と担当をさせていただいておりますんで、私どもの辛い思い、悲しみの何百倍、何千倍もご両親はご心痛の中におります。できればマスコミの皆様もご理解をいただいて、対応を我々の選手も、あるいはご両親、ご親族にも対応いただければありがたいと感じております。結論から言うと、まだ気持ちの整理が全日本プロレス、それ以上にご両親、ご親族はできていないという状況です」
――15日後楽園ホール大会で追悼セレモニーが発表されてるとは思うんですが、ファンの方々がお別れを言うタイミングというのは、その後楽園ホール大会のみとなるのでしょうか?
十枝取締役「それにつきましても、今ご両親にご了解をいただいて、15日の後楽園ホールから献花台を設けさせていただきます。それで、その献花台の設置は12月31日まで献花台を各私どもの大会の中で設置させていただいて、そこでファンの皆様のお声をいただければと考えております」
福田社長「それとあと、来月、北海道巡業がございまして、今の案ですと10月29日に釧路大会がございますので、それを長尾選手の追悼大会にできればいいということで準備をしているところでございます」
――選手の心の整理がついてないというお話もありましたけれども、この3ヶ月間、団体として選手たちにはどういうケアを与えられてきたのかということと、この先ですね、心身ともに健やかにリングに上がるために、何が今1番大事だと考えてらっしゃるんでしょうか
福田社長「選手たちのケアというのは、具体的にはもう会社としてそういうものではなくて、個人個人のものだと思いますので、1人1人がその長尾選手頑張れという気持ちで、まだ希望がありましたもんですから、エールを送るような気持ちで過ごしてきたのではないかと思います。また、今改めて思うのは、多分共通しているのは、これからも長尾選手の分も俺たちで頑張ろうという気持ちだけは共通なものがあるような気がいたします」
十枝取締役「同様です。まだ本当に、何度もすいません。全日本プロレス全員のですね、整理ができてるのか。きちっと整理していかなきゃいけないんですけども、一方で、ご両親、ご親族の皆さんともご協議しながらですね。まず、選手のケア等につきましては、今後どういうことがベターなのか考えて進めていきたいと思います。で、先ほども言いましたように、選手と全体でも個人とも話しておりますが、やはり本当に長尾一大心選手は所属選手のみならず、全日本プロレスに参戦いただきましたフリーの方、フリーの選手の方、他団体の選手の方、そして外国人選手の方、誰もに彼は愛されていました。可愛がられてました。その長尾一大心くんのスピリッツを胸にですね、我々としては恒久的に彼を忘れずに前に進んでいこうという思いで、そのケアのことも今後検討し、進めていきたいと思います。また、今の質問とはちょっとずれますが、明日が長尾一大心くんの22歳の誕生日です。こういうことも含めて、まだ本当に、何度も申し訳ありません。私ども、それ以上にご両親、ご親族の整理ができておりません。どうかご容赦いただければと思います。ありがとうございます」

――お答えになれないことは全くお答えになれないということで構いませんので、今回の事故の運転をされていた方というのは、いわゆる専業の運転手の方ではないといことなんでしょうか。
十枝取締役「我々の社員ではなくて外注した運転手の方です。運転手のビジネスと、違うビジネスをしてるという風には聞いております。運転手でも生計を立て、プラス他の事業でも生計を立てと、いくつかの仕事をされていたという風に聞いております」
――接触の状況っていうのはここに書かれてる通りなんだと思うんですけど、後方に接触したのかとか、よくある巻き込まれたとか、そういったことはまだ現段階ではご説明はできないということですか?
十枝取締役「はい」
――事故起こした運転手の方なんですけど、何年この全日本プロレスの運転手を務めてらっしゃった方なんでしょうか?
十枝取締役「全日本プロレスに関しては約2年弱ぐらいです。その他の運転履歴は確認をしておりますが、全日本に関して言うと、ツアーの時も何人か外注させていただけるドライバーの方を登録してあるんですね。その中で2人チョイスして運行してもらいましたから、その中のお1人ですので、全ての巡業にその運転手がドライブ、いわゆる運転をしていたわけではないんですけども、基本登録の中からその時稼働できる運転手をオーダーしてというか、環境の中をしております」
――今運転手さんもいろんな運行会社でその勤務の超過とか色々問題になってますけども、この運転者は健康管理ですとかそういうものはどのように団体として把握してたんでしょうか
十枝取締役「まあ基本、基本的にですね、基本的にはその体調不良、運転手からの体調不良については事前報告をもらう形にしておりましたので、事前報告がなかったことにより体調不良ではないという風に判断してオーダーをしました」
――今お話を聞いてる限りでは、全日本プロレスの方には直接的な、なんて言うんですかね、落ち度はないような感じに伺えると思うんですけど。多分ご両親からするとやっぱり全日本プロレスにちょっと感情を向けてしまうようなこともあると思うんですが、そのあたりっていうのは、そのご両親とお話されてる中でどのような感じでしょうか。
福田社長「最初にもう私からも、このような事故が起きてしまったことは本当に申し訳ないということで、全く我々の責任ではないということではなく、やはり全日本プロレスとして、このような事故が起きてしまって申し訳ないことはお伝えしました」
――例えばご両親から全日本プロレスの方になんかこう訴訟を起こすですとか、なんかそういう法的なものがあるとか、そういうことは現時点ではない
十枝取締役「先ほど申し上げましたように、まだご葬儀の前段階で、まだそういうことにはなりませんが、今後ですね、そういうことも考えられると思います。ちょっと私、ご両親よりに立ってしまっているところがありますが、やっぱり親御さんですから、自分の息子が全日本に預けて、結果ご逝去されたわけです。それはその心情はあると思います。それは皆さん、もしお子さんがいれば同じような気持ちに絶対なるはずです」
――ご両親から残された選手であったり団体に対して何かメッセージ等託されたものがありましたら教えていただきたいんですけど
十枝取締役「先ほど言いましたように、火葬式と言いますか、火葬の儀というのが9月の10日に横浜市内の斎場で取り行われまして、そこでご両親様から、皆にメッセージと言いますか、私も先ほどお伝えしましたけど、長尾一大心選手をね、みんな忘れないでいてほしいというメッセージはいただきました。ただ、その他にも色々あるとは思いますが、まだまだ、まだご両親は我々以上のご心痛の中におりますので、今後またメッセージ等いただければ、選手、スタッフには私が責任を持って伝えたいと」
――今回この発表の仕方を、こう最初の事故から7日まで間が開いたりですとか、今日の発表内容でしたら、例えばお亡くなりになる前でもこういった会見はできることもあったかと思うんですけれども、こういった会見が少しずつこう時期がずれながら少しずつ小出しにするような形になったっていうところは、何か理由はあったんでしょうか?
福田社長「特に小出しにしたつもりはないんですが、ほんとに直前まで治ると信じてましたので、これでいつリング復帰できるかなぐらいな感じでおりましたもんですから、さほど記者会見をこう定期的に開く必要も感じておりませんでした」
――十枝さんの説明ですと、長尾選手はですね、はっきりとこう受け答えできたりですとか、そこまではっきりと覚醒したことは多分なかったいうように印象としては受けたんですけれども、病状としては回復の兆しというのはあったんですかね?
十枝取締役「先ほど申し上げましたように、死因としては敗血症というところで、途中、安定、安定と言いますか、これからちょっとずつ良くなるんじゃないかなというふうな思われる時期もありました。ただ、それが9月の6日の朝に急変されて、ということでしたので」
――お医者さんからの説明としても、少しずつこう回復途上にあるというような、そういう希望といったものは見えつつあったというような理解でよろしいですか?
十枝取締役「いわゆる担当医療チームの責任者の先生からは、我々に直接のご説明はないんですが、我々は、その担当の先生がご両親様にご説明をいただいたことを、私が説明をご両親から伺って社内にオーサライズしたわけですが、先生からは、先生の説明からは、毎回厳しいというご説明がご両親にはあったようです。というのは、いわゆる、後で皆さん調べていただければわかるかなと思うんですけども、敗血症、私もこのご両親から伺って色々調べたりね、してみたんですが、やっぱりこう感染症なんですね。だから、例えば、もちろん、だんだんだんだん色んな菌が感染して、それが対応する抗生物質でできなくなるというところが出てくると思うんで、で、菌の名前を1つずつ言えと言うとちょっと申し上げられないんですけども、いわゆる感染症の侵攻と言いますか浸透で、いわゆる多臓器不全ということがガッと起こったんであろうという風に思います。ただ、やっぱり医療チームの担当の先生も、ちょっときちっとした期日は申し上げられにくいんですが、これはお父様、お母様、長期戦になると。その長期戦ていうのがどれぐらいの長期戦なのかわかりませんけども、その治療が長期戦になるという意味で私は受け取ったんですけども、そういうご報告もあった時期もありましたので。
一方で、その我々が病院の許可、ご両親の許可をいただいて面会できたということはですね、その時期は安定していたのではないかなという気がします。これは私見でございますけども、医療の立場から、医学の立場から申し上げてることじゃないんですが、先生とすると厳しい状況であるということをご両親にはお伝えが都度あったようです」
――ちょっと話戻ってしまうんですけど、巡業の事故の際にですね、道場の近くの細い道で誘導していく際の事故という風に理解しましたけれども、現在の形のそのバスの誘導っていうのは、大体どれぐらい前から今の形で誘導していって、そして今回の事故になってしまったんでしょうか?
福田社長「それにつきましては、ちょっと私知識がなくてですね、おそらくかなり前からではないかなという気はいたします。ちょっと明確な答えができず申し訳ありません」
――腹部圧迫による外傷性ショックということで、長尾選手の体には傷は別になかったというか、そのままおきれいなままだったということですか?
十枝取締役「圧迫されて、まず肝臓が損傷していました。肝臓から措置をし始めていただいて、いわゆる肝臓の処置は基本回復、お腹を開けての手術が必要でしたから、お腹を開けて肝臓の手術はされました。で、次に肝臓以外の臓器の損傷も見つかったんで、その手術をされたり、治療されたりしてました。傷がなかったのかというとあれですが、お腹を開けた状態でその治療が施されていました」
――お顔は綺麗なままだった
十枝取締役「はい。これも私が面会させていただいた時と、実はこれも病院からですね、警察の、いわゆる検察といいますか、死因を特定するために警察にご遺体をお預けするんですけども、病院から警察にお預けするときに、ご逝去された後、立ち会わせていただいて、お顔を触らせていただいたりしたんですけども、お顔の傷とかはありませんでした。ただ、ちょっと面会した時よりもむくんでいるなというような状況下ではありました」
――先ほどリリースの流れで、その小出しにされたおつもりはないということだったんですけれども、事故当日、すぐに回復するかもしれないという希望を持っていたということがあって、そっから7日にこんなバスとの接触事故であったってことが明かされて、そっからさらに2週間後にその巡業バス、いわゆるその自社の巡業バスでの事故だったっていうことがあって、やっぱりその情報の出し方がかなり段階的だったのは、これはどういった経緯だったんでしょうか
福田社長「そこの部分はあまり深く考えておりませんでした」
――集中治療室にいらしたのは事故の当初からということではないんですか?
十枝取締役「そうです。救急で運ばれて、その処置がありましたので、その数日後には手術をしましたから」
――であれば、全日本さんとしては、発表のタイミングとかこの段階というのは、何も考えてないってことはないと思うんですけど、どういった経緯でこういう段階で発表になってるのか
福田社長「・・・今思いつかないというか、ちょっと思い出せないですね。どうしてと言われて、その理由というのがちょっとなかなか、なぜその発表になったかって言われても、ちょっと、はい」
――いわゆる7日から21日の間に状況が大きく変化したとか、そういうわけではないですか
福田社長「はい。巡業バスというのを付け加えた方がやはりいいだろうと思い立った時にそれを発表した感じですね」
――それは福田さんの判断ってことですか
福田社長「社内です」

質疑応答が終了し、最後に十枝取締役がマイクを持つ。
十枝取締役「質疑の中でもお話できる範囲でお話させていただきましたが、長尾一大心選手、ご逝去に伴い、また本当に申し訳ありません。我々の気持ちの整理ができてなく、本当にそれ以上に、しつこいようですけども、ご両親様、ご親族様、我々以上に本当にご心痛の中におります。どうかマスコミの皆様もご理解をいただいた上で、これもしつこくなりますが、我々は長尾一大心選手のスピリッツを胸にですね、スタッフ選手は進んでまいります。皆さんもどうか長尾一大心選手、忘れないでいただいてください。全日本プロレスは、長尾一大心選手の御冥福を深く深くお祈り申し上げます。本日はお集まりいただきまして誠にありがとうございました」