自分がアイドルレスラーだと信じて疑わない悲劇の女子が本人を前に「私が本物!」

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 本物と偽物、憧れと現実、女子プロレスを通じて一人の女の子の人生がターニングポイントを迎えた。

 かつて、定期的に大会を行っている女子プロレス団体において一番の老舗団体に『石川奈青』という悲劇の女子プロレスラーが存在した。
 彼女はスタートから恵まれず、予定されていたデビュー戦が治療法が確立されていない症状による体調不良で延期に。半年かけて再度デビュー戦が決まったが、今度は新型コロナウイルスの蔓延により大会が中止となってしまう。
 無観客ながらもついにデビュー戦を行った彼女は、25歳という遅咲きデビューながらもアイドルを目指していたという愛嬌とひたむきさから注目を浴びる事となった。
 だがその状況も長くは続かず、わずか数ヶ月で手術を要する内臓疾患で欠場に。
 さらに欠場中に19歳の美少女レスラーが同団体でデビューした事から、復帰後も常に影に隠れる形となってしまった。
 度々怪我による欠場に泣かされる事になった彼女は、突然あざといプリンセスキャラと歌って踊れるアイドルユニット結成というスターダムの中野たむを彷彿とさせる動きを見せる。
 試合運びもたむを思わせるものを取り入れ始めたが、アイドルユニットはわずか1年弱で解散宣言。自身を苦しめライバルと意識していた美少女レスラーは早々と引退。プリンセスキャラから自分探しの冒険家として迷走を始めた彼女は、所属団体社長への不信感と嫌悪感をマスコミの前で暴露し姿を消してしまった。

 一人になり、自問自答した彼女はいつしかこう思ったのかもしれない。『私は中野たむなんじゃないか?』と・・・


 4月25日、スターダムの記者会見に突然現れた彼女は本物の中野たむの前で中野たむを名乗り、衣装も髪型も動きも言動もそっくりとなった二人は宇宙一カワイイアイドルレスラー対決を行うこととなった。

 5月12日、リングに現れた彼女は、手作りの赤いベルトとなつぽいそっくりになった水森由菜をセコンドに入場。
 コスチュームも観客へのアピールもまるで本物かのような動きを見せるが、いざ戦いとなるとスピードもパワーもキレも中野たむにははるか遠く及ばない。
 容赦なく顔面を蹴りつけた中野たむは「赤いベルトなめんじゃねーよ!」と手作りベルトを破り捨て、「石川!」と叫んでのバイオレット・シューティングからタイガースープレックスホールドで3カウントを奪った。

 圧倒的な輝きを見せつけた中野たむは「おい、中野たむの痛みを知ったか!私が、本物の中野たむだ。ねぇ偽物さん。あなたは、そんなにたむのことが好きなんだ?」と語りかけるが、彼女は「中野たむが、勝って、そして、中野たむが負けた」と自らを中野たむだと疑わずに放心。
 しばらくすると号泣しながら「私が中野たむなのに、何も出来なくて本当に悔しいんですけど、でも本当に楽しかったです。ありがとうございました」と必死に言葉を紡ぐ。

 一人うつむく彼女と対象的に、中野たむは「偽物のたむはさあ、たむに憧れてるってことでいいんだよね?ここまで格好とか技、真似してきたことはホントすごいと思う。ホント感服する。でも、誰かに憧れてその背中を追ってるうちは、いつまで経っても本物にはなれないよ。宇宙で2番目か3番目にしかなれないってこと。いいもん持ってんだからさ、たむの真似ばっかりしてないで、誰かに真似されるくらい自分を究めたらいいんじゃない?それでもたむの真似を究めるんだっていうんだったら、たむも多忙になってきたし、影武者でも頼んでいいかな?そうしよう!」と笑顔でアドバイス。

 絶望的なまでの差を感じながらも、最後までやりきった彼女。自分を中野たむだと信じることでしか作れなかった居場所は、いつかそう遠くない未来で本当の彼女を取り戻した時、開かれた場であることを宇宙の天使たちに祈りたい。

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