「猪木さんがいなかったらUWFもその後の総合格闘技も何もなかったよ」訃報から一夜明け、前田日明&山崎一夫&藤田和之が語ったアントニオ猪木

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(文:フリーライター スレンダー川口)

燃える闘魂訃報の翌日、この喪失感をどうしたらいいのか、誰かと語りたいが語り出したら涙が止まらないであろう状態。私この御三方にある種の救いを求めてやってきたのかもしれません。果たして開演と同時にハイスパートでした!

『激論CLIMAX 2022 紀尾井町秋の陣 最強?最狂?最驚?リアルトークバトルの真髄がここに!!』
日程:10月2日(日)
開始:18:30
会場:紀尾井町サロンホール
主催:株式会社シャイニング

<対戦カード>
前田日明vs山崎一夫vs藤田和之

前田)藤田は馬力あるしスタミナあるし、なんでこんなイイ選手をこんなポジションで使ってんのかなって。山本小鉄さんに藤田が欲しいって相談したんだよ。藤波さんも本人がよければイイよって。で、明日リングス入りの記者会見だよって時、藤田に新日本に挨拶して来いってやったら、猪木さんに連絡がいってストップかかったんだよ(笑)
藤田)はい、猪木さんから「お前俺を敵に回すのか?フフフ」って(笑)

 アントンストップでリングス入りが無くなった藤田、「当時の練習はスクワットやってたらウェイトやれ、ウェイトやってたら走れ、走ってたらスパーリングやれ、スパーリングやってたら・・・って言われてやってんのに全否定されてる感じで。だからもう前田さんがキラキラ見えて『ここだ!(笑)』って思いましたね」と。
 デビュー直後の藤田は悩むことも多く、山崎に「僕、プロレス向いてないと思うんです」と相談したところ、山崎から「いや、一番向いてるよ!(笑)」と返されたとのこと。他にも山崎はゴツくなってきた藤田に「あの・・・プロテインって飲んだ方がいいんんでしょうか?」と相談され「え?その身体で飲んでなかったの!?」と驚愕したとも。

 爆笑のスタートで新日本道場・若手時代のお話へ。
前田)新弟子が俺しかいなかったから洗濯もちゃんこも配車係もやってたんだよね。とにかく試合が終わったら即タクシーに乗れるようにって。入っちゃいけないところも全部モノどけて何か言われたら「許可取ってます!」ってウソ付いて(笑)
藤田)僕の時も寮には人が少なかったんですけど、コックさんがいましたしちゃんこ作ったりは無かったですね。
山崎)ちゃんこだったら保永さんが作るイワシのつみれ、めちゃくちゃ美味いんですよ。
藤田)あ、長州さんの合宿に保永さんが呼ばれてたのはそれか!(笑)
山崎)「合宿所と言えばブラックキャットさんがスペイン語とカタコトの英語しか喋れなかったんで、前田さんから面倒見てやれって言われて僕はカタコトの英語で会話してたんですよ。で、新日本の社員の結婚式でキャットさんが初めて覚えた日本語の歌を歌ったんです。それがこともあろうに『別れても好きな人』で(笑)」などなど、ノーツイート含め今日この日に爆笑できるのは幸せというもの!

 休憩を挟んで第二部ではやはりアントニオ猪木を語る時間に。
山崎)「ヘタな試合してると試合中であっても竹刀でボコボコにされるってことがありましたし、猪木さんが見てるかもという意識があったから第1試合から緊張感ありましたよね。だからあれだけ激しかったのかも」

前田は参加者からの「猪木さんとの唯一のシングルではどんなことを感じましたか?」と質問されると、「あの頃は自分も若すぎて猪木さんのプロレスが理解できてなかったんだよね。猪木さんはただ激しくやるだけじゃなくプロレスは緩急もあってもっと奥行きのあるものなんだよって伝えたかったと思うんだよね。自分が入門したのはモハメド・アリ戦の1年半後ぐらいかな。その頃新日本には8オンス以上のグローブは全部揃ってたし、猪木さんにプロレスはあらゆる(格闘技の)要素が入ったものになるぞと言われていたし」そして「猪木さんがいなかったらUWFも修斗もUFCや総合格闘技も何もなかったよ」と我々の心振るわすひと言。

山崎)「猪木さんはデスマッチも格闘技も全部出来て全部広げていった人。猪木さんの要素を更にまたいろんな人が広げていった。天才です。リングに上がればどの方角から見てもアントニオ猪木、どこから見てもカッコいい。リングを降りてもアントニオ猪木。でも疲れただろうなと思います」

 MCから「猪木さんは例えばホテルとかでもわざと目立つところに座って、『わあ!アントニオ猪木だ!』と声を掛けられたりしたら『次、試合見に来てくださいね』ってひと言添えて、それで結果チケットが売れていくっていうのをやってたと聞いたことがあります」と言われた藤田は「確かにそうしてましたね・・・」と噛み締めていた。

最後にメッセージをいただく。
藤田)「今日は・・・(立ち上がった時点でももう目に涙)楽しかったです。ありがとうございました」と絞り出す。
山崎)猪木さんと戦えたりやりとりできたことは僕の宝物です。
前田)「藤田は昼間猪木さんに会ってきたんでね」とやはり優しい一言。「18で新日本プロレスに入れて良かった。猪木さんとはいっしょにやったり時には敵対したりしましたけど、同じ時代に生きられたこと、側で猪木さんを感じられたことを誇りに思います」

猪木イズム最後の継承者:藤田和之
猪木に最後のピンフォール勝ち:山崎一夫
猪木に代わり“新・格闘王”と呼ばれた男:前田日明

 哀しみはありながらもこの御三方と笑顔を共有できた会場、素晴らしい空間でした!参加者の皆さまはお宝の4ショット写真を見ながら、きっとイイ酒が呑めることでしょう!
 今日もプロレス最高っ!

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