ウルティモ・ドラゴンが公認そっくりさんのボクティモ・ドラゴンとタッグを結成!「老後というか、最後は楽しんでプロレスやりたい」

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 13日、東京都・後楽園ホールにてDRAGONGATE『OPEN THE NEW YEAR GATE 2021』が開催され、ウルティモ・ドラゴンとボクティモ・ドラゴンがついにタッグを結成した。

 ボクティモ・ドラゴンは、かつて眉毛の繋がった東京都葛飾区出身の警官に酷似した姿の“リョーツ清水”としてデビューしたが、その後R・E・Dに加入して“ビッグR清水”と名を改めて会場中からブーイングを集めるヒールとして活躍。しかし、昨年9月の大田区総合体育館大会に於ける金網戦で敗れてR・E・Dを追放されたことで再び“リョーツ清水”に改名。
 清水は土井成樹、斎藤了とともに“チームボク”を結成してトライアングルゲート王座に挑戦するなど新たな活躍を見せるも、敗れてリョーツの名を剥奪されたことから“ボックR清水”に改名。そして昨年12月の後楽園ホール大会では校長へのあこがれから “ボクティモ・ドラゴン”に改名し、ウルティモ・ドラゴンそっくりの姿で登場し話題に。
 ウルティモ校長非公認のこのキャラは究極龍の逆鱗に触れるのではないかと不安の声が上がっていたが、ボクティモがR・E・Dにいた頃からなにかと目をかけてマイクでいじるなど仲睦まじい様子を見せていたウルティモ校長はボクティモの試合はすべてチェックしていたことを明かし「中々見れるじゃないか」と評価。ボクティモを公認してグータッチを交わすばかりか、自身のチームボク入りやボクティモとのタッグ結成を申し出るなどの絶賛ぶりであった。


 ボクティモは「いつかタッグを組めたら嬉しい」と語っていたが、その機会がついに訪れ、ウルティモ・ドラゴン&ボクティモ・ドラゴンvs斎藤了&パンチ富永というチームボク同士のスペシャルタッグマッチが行われた。
 この試合直前に行われた緊急決定試合のシングル戦で奥田啓介に11秒で敗れたパンチが虫の息でリングに横たわる中、ウルティモ& ボクティモは一緒にポーズを決めながら入場。試合が始まると、ボクティモがウルティモの動きを完全にコピーしつつ、フライングクロスチョップの編隊飛行を見せたりウルティモといつの間にか入れ替わりながら攻めたりと連携を見せるが、回転足4の字固めの競演を狙った際にはボクティモのアピールが長すぎてタイミングが合わず。

 斎了&パンチが2人がかりで飛びかかるが、ウルティモ&ボクティモは同時のソバットでそれぞれの相手を迎え撃ち、並び立ってのラ・マヒストラルの競演で3カウント。

 試合後、マイクを取ったウルティモはボクティモとのタッグがファンから大好評であったことを受け「もっかいやるか!」とタッグ継続を宣言。そして斎了とパンチへ「お前らもどうだ?ボクティモ1号、2号、3号……このまま行ったらストロングマシーンみたいになっちゃうな」とウルティモ・ドラゴン軍団の結成を提案。
 斎了は「それ冗談でも後楽園で言ったらやらないといけなくなりますから止めてくださいそういうの!」と固辞するもののまんざらでもない態度を取りつつ、ウルティモ&ボクティモのタッグ継続を祝福した。

 バックステージに戻ったボクティモは、幼少期から憧れていたウルティモとタッグを組めた嬉しさを爆発させる。ウルティモが「俺の前ではみんなそう言うんだけど、憧れたのはライガーさんじゃないの?サスケとか(笑)」と照れ隠しにいじると、ボクティモは「いやいや!初めて見た試合も覚えてますよ!1993年の名古屋レインボーホールだったと思います!」と熱弁。
 これを受けたウルティモは、「モノマネされるのは一流の証拠なのかなって。コロッケさんが美川憲一さんとかのモノマネするじゃないですか。その気持ちになったかな。『よく見て真似してるな』って逆に感心しますね。自分は老後というか、最後は楽しんでプロレスやりたいと思ってて。彼が望んでくれるんだったら、いつでも。でも地方の大会行くと微妙かもしれないですね。2人同じような人が出てきても。自分のこと知らない人もたくさんいますんで」と朗らかに笑いながら語り、ボクティモとグータッチを交わして去っていった。

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