7団体で活躍した“鉄人”田村彰俊が引退!急性硬膜下血腫で一年闘病も快復「今まで支えてくださったスタッフ、ファンの皆様に感謝の気持ちを返していきたい」

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 25日、東京・後楽園ホールで行われた『プロフェッショナル修斗 公式戦』にて、第2代環太平洋ライト級チャンピオン並びに第6代世界ライト級チャンピオン・田村彰俊(総合格闘技 津田沼道場)が引退式を迎えた。

 壇上にはかつての練習仲間が集まり、田村を慰労。また、最後に、苦労を共にした妻・みゆきさんが登壇。夫をねぎらい、夫婦並んでテンカウントゴングを聞いた。

 田村は昨年2月、試合後に急性硬膜下血腫を発症。緊急手術で一命をとりとめたが、現役生活にピリオドを打つこととなった。
 2001年4月のプロ修斗デビュー戦では判定負けを喫し、翌年の修斗新人王決定トーナメントでは決勝まで勝ち残れないなど、挫折が続いた。しかし、決し諦めず闘い続け、修斗の頂点に君臨した。田村が「鉄人」と呼ばれる所以だ。

 また、修斗のみならず、WEC、SRCにも参戦し、2015年からはパンクラスを主戦場としていた。
 派手ではないが、熱い心が溢れ出るような田村の試合は決して忘れられない。一時は右半身麻痺、言語障害などがみられたが、現在は道場で指導を行うまでに回復している田村。これからは、形を変え、その熱い魂を伝え続けてくれることだろう。
 引退は残念だが、田村の第二の活躍に期待したい。

田村「1年前、入院していました。試合後に倒れて、頭の手術をしました。右半身の麻痺や言葉の障害などがありましたが、退院することができました。家族や、救急隊の人、病院スタッフ、皆さんのおかげです。MMA戦績は41 試合。夢中で駆け抜けてきました。7つの団体で試合をしてきましたが、その半数は修斗での試合でした。たくさん勝って、たくさん負けました。チャンピオンにもならせていただき、1試合1試合が思い出深いです。後半は他団体に出ていましたが、このような場を設けていただき、ありがとうございます。修斗はいつも暖かく迎えてくれる故郷のような存在です。これからは、今まで支えてくださったスタッフの皆さま、そしてファンの皆様に、感謝の気持ちを返していければと思います。本当にありがとうございました。(登壇した妻・みゆきさんに)『ありがとう』」

(写真・文/佐佐木 澪)

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