【インタビュー】引退興行を直前に控えた元・全女の椿志保に直撃!引退を決めたその思いとは…【前編】

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 14歳で全日本女子プロレスの練習生となり、16歳で中見川志保としてプロレスラーデビュー。その後金村キンタローと結婚し引退するが、数年後にディーヴァとしてECWのリング上に現れる。
 椿志保として『RING』や『five』などを設立しプロデューサーとしても活躍すると、2015年には世界初の24時間プロレスを開催し話題を呼んだ。
 そんな椿志保が引退することを発表し、今年から生まれた祝日である8・11『山の日』に引退興行を開催する。
 引退直前となるこのタイミングで、椿志保はどのような思いでいるのか直撃インタビューを行った!

2016-08-07_椿志保引退興行■引退を決めた思い

――そもそも何故このタイミングで引退しようと思ったのでしょう?
「もう、ずっと引退したくて!」

――え!?
「ずっと引退したくて(笑)でも、fiveの最終章が自分の引退試合だなっていうのは思ってたんですよ。fiveも中で色々変更があったりとか24時間プロレスはさんじゃったりとかしていたので、色々最初に思っていたようにはいかなかったんですけど、もう引退してもしなくてもいいかなって思ってたんですよ。フェードアウトでもいいかなと思ってたんですね。このまま試合をしなくなって、普通の人になっていっても別にいいのかなって思っていて、だけど、やっぱ一つけじめとして、私16歳からデビューをして、全日本女子プロレスを辞めるときにまだ新人だったんで引退試合していないんですよ。引退セレモニーも受けてないんですね。あれって新人では受けれなくて、ある程度の功績を残した人しか引退試合って出来なかったから当時は。なので、引退試合を全日本でやっていなかったから、やっぱプロレスから退くにあたって一つけじめみたいなのをつけなきゃいけないかなと思ったんです」

――当時の全女はそうだったんですね
「でも24時間プロレスとかやっちゃったから逃してたんですよタイミングを!(笑)逃してて、でも引退試合は下北沢でやろうというのだけは決めてたんですよ。下北沢のタウンホールでやろうというのはずっと決めてて、で、タウンホールが工事するか何かで一回閉めますよと」

――改修工事で今年10月から2018年まで使用できなくなりますね
「焦って会場を押さえに行ったら、土日年内は全て埋まってますと言われたんですよ。でも見たら8月11日だけポツッと空いてて祭日が。なんでこれ祭日なのに空いてるんですか?って聞いたら今年から出来た祭日だから皆知らないんじゃないかって」

――山の日ですか
「山の日をまだ皆知らないからたまたま空いてるって言われて、じゃあこの日で!っていうだけの話なんです(苦笑)」

――勢いで引退試合を決めたんですか…
「そうですそうです。とあとは、今やってる仕事が整体師なんですけど、徐々にプロレスをフェードアウトして整体師の方を徐々に増やしていこうというプランで始めたものが、紹介制にも関わらずすぐに二ヶ月先まで予約が埋まるっていう状態になっちゃって(笑)それが自分の中では想定外だったんですけど、ちょっとずつフェードアウトしていくはずがガッツリと整体師になってしまったんですよ!試合してる暇ないねってなっちゃって。でも患者さんは溢れているし、予約埋まってるし、でもプロレスの興行を打たなきゃいけないっていうのは難しいなと思って。そのタイミングが今年だったんですね。今年たまたま北沢タウンホールが使えなくなるっていうのもあるし、たまたま8月11日が空いてたっていうのもあるし、色々なものが重なってこの日になったという感じですね」

――北沢タウンホールになぜそんなにこだわられて
「下北沢でずっと仕事していたので、お客さんがいっぱい集まるかな~って」

――女子プロレスの聖地的な部分もありますが、プロレス的な思い入れは
「全然無いです!でも昔、試合したことない会場だったんですよ。試合したことないんですけどDDTとかがやっていた時によくスタッフで行ってて、この会場いいなと思いながらずっと試合ができてなかった会場だったので、一回やってみたいなと思っていたのは一つあります。だけど、下北沢に知り合いが多かったっていうのがやっぱり一番ですね(苦笑)居酒屋さんも知り合いだし、美容師さんも知り合いだし」

――では現在のチケットの売れ行きはほぼほぼ
「まあボチボチじゃないですか?私が予想してたとおりという感じです。当日券を売って満席になればいいかなーぐらいの感じです」

――あれ?椿さんの引退試合なのでもっとこう…
「いや皆が言うほど人気無いので」

――いやいやいや!なんでもっと大きい会場でやらないんだろうと思ってましたよ!
「そんなに、いや全然皆からそうやって言われたんですけど、私自分の身の丈すごいわかってて、いやそんなに呼べないよ私お客さんと思ってるんですよ常に。実際そうなので、だいたいこれぐらいかなと思ったとおりでした。なんか、色々やってるから、24時間プロレスもそうですし昔(六本木)ヴェルファーレ借りてやってたRINGもそうですし、ちょっと大きいことやってる感はあるんですよね皆から見ると。でも、私自身が思うにそんな大きく見えてるだけで、そんなに大したことやってないよと思うので自分では(苦笑)なので大きく見せるのが得意なだけです」

2016-08-07_椿志保ディーヴァ
■女子プロレスラーとしての椿志保

――色々やっていたという言葉もありましたが、振り返っていただいて全女時代から考えて今の女子プロレスと昔の女子プロレスで大きく違う部分はなんだと感じますか?
「女子プロレス見てないんですよね。だから、女子プロレスラーを全然知らないし、今どんな団体があるかも知らないんですよ。なので、今女子プロレス業界がどうなっているかというのは全然知らないです。噂にしか聞かないですけど、例えば、こないだ私も絡みがあったんですけど声優さんやりながら女子プロレスラーやってますとか(清水愛)アイドルやりながら女子プロレスやってますとか、タレント活動しながら女子プロレスやってますっていう子が多いですよね今。でもそれが主流になってきちゃってるというかなってるんだろうなっていう気はしてて。私の時代は中卒で高校も行かずにプロレスラーになって、年間300試合をこなすって時代だったから、それが当たり前だと思っている節はあるけれど、今は今の主流があるんだろうからいいんじゃないかと思います。でも、私は自分の団体ではそういう女子プロレスラーは上げないっていうだけであって。その子達にはその子達のポリシーとかプライドがあるだろうし、私は私で、あんまり全女を意識したことはないですけど女子プロレスっていうもののイメージがあるので、そこは同じじゃなくてもいいと思ってるけど、私の中では今の女子プロレスラーを自分のリングに上げるという考えがあまりないですね」

――全女時代に一度引退をされているわけですが、なぜ復帰しようと思ったんでしょう?
「そもそもなんですけど、復帰する気なかったんですよ」

――え!?
「申し訳ないね(苦笑)復帰する気なかったんですよ。で、私がやりたかったのは、これ小学校からの夢だったんですけど興行を打ちたかったんですよ。でも興行をいきなり打つのは難しくて、プロレスラーという道を辿って興行を打っていくんだろうっていう子供ながらにそういうイメージがあったんでまずプロレスラーになった。プロレスラーになった時点で私の時は1000人中の5人だったから簡単ではないんですけど(笑)女子プロレスラーになってからしばらくしたら自分で興行を打ちたいなというのは昔からあったんですよ。で、女子プロレスラーは結婚するから辞めちゃったんですけど、それから何年かたって、たまたまプロレス業界に何かこうもう一度関われるかもしれないというチャンスが来た時に、プロレスラーじゃなくて興行主になりたかったんですよ。プロデューサーの道を選んで再スタートしたんです。それがRINGですよね。だからRINGの最初の何回かは私出てないですから。一回目に関しては挨拶もしてないですから」

2016-08-07_椿志保RING■『RING』プロデューサーとしての椿志保

――あれ?そうでしたっけ?
「そうです。RINGの一回目は最後リング上から全員で私を呼んだけど私は出て行かなかったっていうのがあるぐらい、私は裏に徹しようと思ったので、お客さんが入ってくれるなら私は出たくなかったんですよ。だから、あくまでもプロデューサーだったり興行主としてのプロレス界復帰をしたつもりだったんですけど、回を重ねるごとに、やっぱり自分が出ないとお客さんは呼べないなと思ったんですよ。これは誰しもぶち当たる壁なんですけど、自分がチケットを売ってる。その人と仲良くなる。じゃあ誰が出るの?ってなった時に私じゃなくてこの子とこの子とこの子と言った時に『君でないの!?』って言われたら来る確率下がるんですよ」

――買う側からしたらそうなりますよね
「だから、なんだろうな?仕方なくとまでは言わないけど、興行を成功させるにあたって、私がリングに上がることはマストなんだなと思ったんですよ。でも、私もプロレスやめてから15年ぐらい経っていたので、今の身体じゃ難しい。なので、もう一回プロテストを受けなおそう。その時に知り合ってたのがKAIENTAI-DOJOの方たちが多かったのでKAIENTAI-DOJOに一年間通って練習をさせてもらって、プロテストをもう一回受けてKAIENTAI-DOJOのプロテストに受かって再デビューしたんですよ。結構頑張ったんだよ!」

――すごいプロ意識です
「それで家庭があって、自分がリングに上がらなければお客さんが呼べないなら自分がリングに上がろう。上がるまでには自分には足りないものが多すぎるから一年ぐらいかけて、その時は美月凛音と川嵜風馬と一緒に行ってたんですけど、その3人で週に一回KAIENTAI-DOJOに行って練習を続けて、やっとリング復帰出来る身体になりました、プロテストに受かりましたとなってからやっとRINGに上がったんですね。そっからが私がプロレスのリングに上がりながらプロデュースすることになったっていうキッカケです。本来は上がらなくていいなら上がらない道を生きたかった。プロレス嫌いじゃないですよ?好きだけど、作るほうが好きです空間を。自分がリングに上がるのは痛いから嫌だと思ってました」

――RINGはニコニコ動画が始まった直後でコラボレーションしており、ニコニコ動画最古の動画である『レッツゴー!陰陽師』を和泉元彌さんが踊ったりしていましたよね
「すごい勢いありましたよね。なんだったんでしょうねアレね」

――プロデューサーは椿さんですよ!
「いやあれも、確かにおっきくしたいなと思って作ってたんですけど…いい友達が居たんでしょうね。『これやりたい!』って言った時に『よしじゃあ協力するよ!』って友達が何人かいて、『でもお金がないよ』って言った時『引っ張ってくるよ』っていう友達がいて、それお金無かったらできないですよあんな大きいことは。だけど、私当時主婦とかだったので、主婦貯金でヴェルファーレとか借りられないので、なので、その時に一緒に協力してくれた子達に恵まれたんでしょうね。数千万ってお金が動いたんですよあの時に。自分では絶対用意できないようなお金をスポンサーさんからいただいたりとかしてて、それを、スポンサーさんを紹介してくれる人がちゃんと居て、プレゼンはしましたけどそれをプッシュしてくれる人も居て、なのでいち主婦だった私がプロデューサーになりますと言った時に皆なんにもないわけだから私には。『なんで?』『君に何が出来るわけ?』っていうふうに皆言ってたんですけど、でも、この人もバックアップしてるこの人もバックアップしてるこの人もバックアップしてるっていうすごい人達がバックアップしてるから多分すごい人なんだろうみたいな(笑)すごいマジックじゃありません!?全然普通の中華屋さんとかでバイトしてる主婦が、すごい人の友達がいるってだけであっという間にヴェルファーレのイベントをしきるプロデューサーになれちゃうんだなって思ったんですよその時に」

――椿さんの人柄が愛されてるからですね
「今もそうなんですけど、仲間がいっぱい居ますよね。なんか、昔は遊んでた仲間だし、その遊んでた仲間がいつからか仕事をするようになったりとか、なぜか一緒に遊んでた子達が皆出世した。気づいたら皆すごい人になっていて、私がこれやりたいって言った時に『じゃあ俺がこれやってやるよ』『私はこれやるね』って子が増えた。多分幻想なんですよ、私が凄いことをやっているふうに見えるけれど、私じゃなくて多分私の周りの子達なんだろうなというのを常に感じてました。RINGの頃からずっと。普段の私は普通にコンビニの弁当とか食べてるのに、なんか凄いと思われてるんだろうなきっとというのはずっとありましたね」

――そうしてチームを作り上げられるのも才能ですよ
「なんでしょうね、運は昔からいいんです。運は昔から良くて、あとなんか努力することは全然苦じゃないんですよ。例えばヴェルファーレに1000人入れなきゃいけない一番最初のイベントで、そうしないと500万円ぐらいの赤字ですよみたいな時に、じゃあ1000人入れるために自分ができることはなんだろうみたいな発想になって、そこで広告費とかも使えないわけですよお金がないから。かと言って何か出来ることなんだろうって考えた時、一枚一枚手売りしかないなっていう(苦笑)」

――1000人に会って売ると
「だから一年間かけて一枚一枚売って1000人集めました。一番最初のイベントは。でもそれって普通は多分大変だから辞めちゃうんだろうなって思うんですけど、そこに対してあんまり苦だと思ってなかったというか、だってヴェルファーレでイベントやるんだから1000人集めないとかっこ悪いじゃんと思って。借りちゃったし!と思って(笑)借りちゃったからその期日までにお客さん来なかったら500万円の赤字ですよって状況が一年前にあるから、なんとかして一年間で1000人集めなきゃいけない。そうやって一枚一枚手売りをして集めた1000人だったから、そういう努力がまずできる体質だっていうのと、そういう舞台を用意してもらえるのは運がいいんだろうなと思いますよね」

――そのRINGでデビューした美月凛音は、今や歌舞伎町プロレスのプロデューサーになり自分の団体を持つまでになりました。椿さんの意思を継いでますね
「ねー、嬉しいですよね。ここ数日もメールしてて『辞めちゃうんですか寂しいです』みたいなメール来てて。でも良かった。よく思うんですけど、いちプロレスラーだけで終わってほしくないなっていうのは思ってて、何かものを作ったりとか、自分の世界観を表現できるような子になってほしいなと思っていたのですごく嬉しいです。しかも新宿だからね!彼のテリトリーとしては一番ですよね」

――歌舞伎町プロレスももうすぐ旗揚げして一年になりますし、プロデューサーの先輩としてアドバイスすることはありますか?
「好きにやったらいいんじゃないですかね。バカなんだから(笑)あのいいバカさ加減が出てていいなと思いました。一回目見に行ったんですよ、歌舞伎町プロレス。あぁこんな事考えてたんだこの子と思うぐらい面白かったので、私が知らないうちにすごいネットワークもできてたし、なんか多分私を見てたからなんでしょうけど簡単にプロデュースできてた気がした。私を近くで見ててプロデュースってこうやってやるんだろうなって感覚があったんでしょうね。なのですごいわりと一回目のイベントにしてはしっかりやってるなって思って、すごいなと思いました。なので頑張って欲しいです」

――川嵜風馬さんの方はレスラーは引退されてしまいましたね
「そうですね。来ますよ引退試合に。見に来るって言ってました」

――レスラーとしてではなく?
「出てって言ったら、もう体重が減っちゃったから嫌だって言われて(苦笑)やっとダイエットしたのに、もう戻りたくないって。彼は彼で大きな会社の役員やってて、元々エイベックスにいたのを私が無理やりプロレスラーにしたので(笑)彼の人生を変えてしまった感はあるんですけど、昔なりたかったものになったほうがいいと思うんですよ一度でも。プロレスラーになりたいと思ったらチャンスがあったら一度でも二度でもプロレスラーとしてリングに上ったら夢は叶ったことになるから、それは言った彼にも。ツライと思うけど夢は叶えるか叶えないかだけなので、一度でもプロとしてリングに上がれば君の夢は叶ったことになるんだから叶えたほうがいいよと。本人も夢が叶ったと言っていたので本当に良かったと思いますね。その代わりなんかすごいツラかったと思うけど二重生活は」

2016-08-07_椿志保KAIENTAIDOJO――RING終了後も三人でKAIENTAI-DOJOに上がられてましたね
「そうですね。あれが一番、後楽園ホールで試合したのが記念ですね。あの3人で組みたかったっていうのがずっとあったから組めてよかった」

――RINGは途中で終わった形でしたっけ
「RINGはストーリー性をもたせたものじゃなかったので、一回一回を色んなパフォーマーを呼んで色んなジャンルのものが一つのリングで見れますよというものだったので、別にストーリーが終わったわけではないんですよね。だけどどんどん縮小していってる感はあって。このまま続けていくのも難しいかなっていうところにはなっていったと思います。一番最初がでかかったんで。でかいところからどんどんちっちゃくなるっていうのは逆パターンじゃないですか。ほんとはちっちゃいところから始めて大きくしていくっていうのが普通だけど、そうじゃなくて大きいところから始めちゃったので、それがだんだんちっちゃくなっていった時にこの先また大きくしていくのは大変だなと思ったし。でもなんかねー、RINGを辞めた時はRINGが仕事になっちゃったんですよ私。最初やりたくて始めたのに、もうスポンサーさんからお金が出て、何ヶ月に一回これをやるってルーティーンになった時に、もうやらなきゃいけないからやってるってなったんですよ。そしたらやりたくなくなっちゃって、私はやりたいからやるのに、やりたくないけどやらなきゃいけないっていうものをやってるってなった時に、もう自分の中で全然こうイマジネーションが湧かなくなっちゃったというか。これやりたいからここ借りて、遊園地でジェットコースターに乗って場外乱闘やりたいから遊園地借りてとか、おっきなミラーボールの下でプロレスやりたいからヴェルファーレ借りてとかってやってたのが、もう淡々とここでやってここでやってここでやってってスケジュールが決まっていて、そこにあわせて何かを作るってなった時に、もう締め切りがあるじゃないですか?そうすると、もう全然意欲が湧かなくなってきちゃってて、そうするともうなんか面白く無くなっちゃうんですね。私も面白くなくなっちゃうし、見てる観客も面白く無くなっちゃうんだろうなというのをすごく感じていて、それでちょっと辞めようと感じました。もともとが多分作りたいモノを作ってるから楽しいとか、自分のやりたいものが現実になるから楽しいってタイプなんでしょうね。仕事にしちゃうとダメなんだなと思いました」

2016-08-07_椿志保five2■『five』プロデューサーとしての椿志保

――RINGが終わりKAIENTAI-DOJOにしばらく出た後、しばらくリング上には出ていなかったですよね?
「出ていなかったです。しばらくちょっといろんな仕事やってて、もうプロレスいいかなって思ってたんで正直。でもこれホント思うんですけど、許してもらえないんですよプロレスから!なんだかんだ言って、また引き戻されてる感があって、お膳立てが揃うっていうんですか?気づくとプロレスの方に引き寄せられちゃうから、もうプロレスいいやって思ってたのに、もう一回チャンスもらえるんだってなっちゃうんですよね。自分から働きかけなくても、もうこういうふうにお膳立てが揃ってるから後はやるだけですよって状況にされちゃう。で、本人もまたかって思って、そうかまたか~って(笑)周りいわく『それは志保ちゃんがやりたいからでしょ?』って言うんですけど、やりたくなきゃないけどどうしてもこれがやりたくてやりたくてって言うんじゃなく、多少やりたいなと思ってるとそのお膳立てが揃って、あとは私が一歩踏み出すだけの状況に来ちゃうから、だったら一歩踏み出そうってなるとそっからダーって続いちゃうわけですよ。なので、これなんだろうね?いると思うんですよ神輿で担がれちゃう人。全然こっちは担ぐ気まんまんなのに、気づいたら神輿の上にいて旗振りみたいになってるっていうのが毎回そうですよ。毎回そう。それは運命なのかなって最近は思ってるんで。選んでるのも自分だから、結局最後は自分がやるかやらないかでやる方を選んでるってだけですけど、いや面白い人生ですよ」

――改めて戻ってきたのはfiveですか?
「fiveですね。fiveもなんでfiveかっていうとこからですけど、何でも良かったんですよね名前。たまたまずっと考え続けてて、プロレスのイベント何にしようかなってずっと考えたけどあまりにも考えすぎてちょっともう気持ち悪くなっちゃって、なんでもいいやってなった時にたまたまその時働いてたところの一階にあったお店がfiveって名前だったんですよ」

――いやいやいやいやそれはどうなんですか!特に意味が無いと!?
「意味は無いです。でも数字って面白いなって思ったのは、5で括ることができるから、5分とか5人とか5個とか、5感とか、ゴレンジャーってあったと思うんですけど数字括りは面白いかなって思って、色んな事考えたけどfiveにしたからこのイベントやりましょうみたいな。5の括りがなんか色んな物を生むかなと思ってfiveにしたんですよ。ほんとに意味が無いんですよね~。でも5にしたことで5人を選出したりということにも繋がったから、まあまあ面白いキッカケにはなったかなという気もしますけどね」

――引退興行がfiveの最終回になるんですか?
「最終回…かな~?私はもう上がらないですよリングに。でも例えばイベントの企画やプロデュースを辞めちゃうのかと言ったらそれはまた違うと思うんですよね。お祭りやるからプロレスやりたいんだよね。だけどじゃあ椿さんやってよと言われた時に他の団体に振るより自分でやりたいじゃないですか。じゃあまたfiveのメンバー集めようかなってなるかもしれないし、ここで一区切りはするけどまああのやりたくなったらやるかもしれないというのはあると思います。実際そういう話はあったりする。番外編やりませんか?みたいな話はあったりするから、でもfiveとしてどっかでオチはつけなきゃいけないし、私も引退はしたいんで、一度ここで最終章ということで終わりは向かえますけど、もしかしたら単発でやる可能性は無くはないです」

【後編に続く】

2016-08-07_椿志保five
『椿志保引退興行、five 夏の陣~終焉』
日程:2016年8月11日(木・祝)
開場:12:00 開始:12:30
会場:東京・北沢タウンホール
席種:特別リングサイド・・・5,000円/リングサイド・・・3,000円(共に当日は1,000円増し)

▼第1試合 【デビルロボッツプレゼンツ 日本むかし話プロレス】
椿姫/仲川翔大(with デビルマスク&ロボマスク)
VS

▼第2試合 タッグマッチ
伊藤崇文(パンクラスism)/進祐哉(FREEDOMS)
VS
NORI(竜司ウォルターTEAM)/椿志保

▼第3試合 PRO-WRESTLING PADMA
 マッスルミュージカルのリーダーを努め、TBSスポーツマンNo.1決定戦やSASUKEでも活躍するマッスルパフォーマンスチーム「PADMA」の特別試合

▼第4試合 シングルマッチ
タンク永井(K-DOJO)
VS
那須晃大郎(フリー)

▼第5試合 8人タッグマッチ~椿志保引退試合~
椿志保/ベアー福田(SECRET BASE)/ファイブマスク/真霜拳號(K-DOJO)
vs
ヤス久保田(フリー)/ヒデ久保田(フリー)/名古屋マスク/豪(AK)

▼椿志保 引退セレモニー

チケット予約:http://five-world.net/ticket.html

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