10年前は中学生だった岩手出身172cm女子ファイターひめかが振り返る東日本大震災!「私自身が当時プロレスを見て『生きよう』と思った」

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 岩手県出身の女子プロレスラーひめか(23)は、現在女子プロレス団体『スターダム』のタッグ王者として活躍中。先日開催された3月3日の日本武道館大会でも172cmの長身を活かしたパワーファイトでベルトの防衛に成功し、今注目を浴びている選手の一人だ。

 ひめかは高校時代に生徒会長を務め、“ロンドンブーツ1号2号”田村淳プロデュースのアイドルグループ『スルースキルズ』四期生として19歳でアイドルデビュー。全日本プロレス応援大使に就任後、翌年20歳でプロレスラーデビューを飾った。
 そんな経歴を持つひめかだが、地元・岩手にかける思いは人一倍ある。
 東日本大震災から10年、家族と離ればなれだったという当時中学生だったひめかに今の思いを聞いた。


――当時はどこにいらっしゃいましたか?
「当時私は中学1年生だったんですが茨城のおばあちゃんの家にいまして、お父さんが青森で単身赴任、お姉ちゃんとお母さんが岩手にいました。実家が壊れたとかはなかったんですが、自分が通っていた学校の校舎にヒビが入り、プレハブは全壊していました」

――学校には通えなくなりましたか?
「通えはしたんですけど、校舎の非常階段もバーンと外れてズレていて、当時何が起きたのか全くわからなくて。携帯を持っていたので連絡しても親とは全く連絡がつかなくて…おばあちゃんの家の中もぐちゃぐちゃでした。幸い誰も怪我をしていない事が後々わかるんですけど、結構あの時は孤独を感じました。家族と離ればなれで全く連絡も取れなかったので…」

――その後おばあちゃんの家は
「茨城だったんですが、1週間ぐらいは水などのライフラインは止まっていました。実家の岩手はもっと大変な状態だったと聞いています」

――地震のトラウマみたいなものは
「地震が来ると『ビクッ』となるようにはなったんですけど、当時横揺れじゃなくて結構縦に揺れていた印象で、ちょっとでも縦揺れになった時は今でもすごく怖いです。あまり言葉では伝わらないかもしれませんが、いつもと違う揺れが来た時はあの時の事を思い出します」

――先日の2月13日にまた福島で震度6の大きな揺れがありました
「その時は家にいたんですが、とりあえず家のものを守るのと飼っている猫を守らなきゃということで必死になりましたね。『これ以上揺れないでくれ』と、『あの時の悪夢は繰り返してほしくない』と強く思いました」

――地震を中学生で経験され、その後アイドルとしてデビューし現在はこのコロナ禍でもプロレスラーとして闘っておられます
「震災でそれこそ同級生の家が流されたりとかおばあちゃんが亡くなったりとか、小学生の同級生が連絡取れなくなっちゃった子もいたりして、自分自身は大きな被害はなかったんですけど、自分のことのように心が痛くなったんですね。私はコロナ禍で団体も変わり、スターダムは様々な地方へ試合をしにいくので、今のこの世の中は遠出はまだ駄目ってなっていますけど私達が行った地域の人たちがプロレスで元気づけられたと言ってくれているのが嬉しいです。もっともっとこういう状況だからこそコロナに気をつけながらもいろんなところで試合をして元気づけれたらと思っています」

――もちろん地元岩手でも
「昨年11月に『岩手を元気に!』というタイトルで岩手県の盛岡体育館で試合をさせていただきました。また地元・岩手で試合ができたらと思いますし、その時は負けてしまったので次はメインで自分が勝って、リング上から岩手の方々に自分の思いとかを伝えていきたいと思います。各地域で東日本大震災から10年が経ってもまだ復興していない場所もあります。そして今コロナでなかなか会場に来ることも躊躇する方もいると思います。私自身が当時プロレスを見て元気を出させてもらって『生きよう』と思った一人だったので、配信映像でも会場でもいいのでプロレスラーが命をかけて闘っている姿を見て『頑張ろう』と思っていただけたら嬉しいです。そう思ってもらえるように私も思いを伝える試合をしていきます」

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