堀田祐美子は大晦日RIZINで何を残したのか
2016年大晦日、さいたまスーパーアリーナでおこなわれた総合格闘技の大会『RIZIN』。
ギャビ・ガルシアと堀田祐美子の女子MMA戦は、1R0分41秒、ギャビのTKO勝ち(レフェリーストップ勝ち)で終わった。
ここから先はなぜか地上波で放送されなかった部分。でも、ここからユニークな展開が待っていた!
ギャビはカタコトの日本語と英語、ポルトガル語を混ぜながら、リングで勝利の挨拶。「アリガトウ、ジャポン、アリガトウ。RIZIN1周年、おめでとう。ハッピーバースデー、RIZIN! アリガトウ。今日は堀田選手にも敬意を表したいと思います。対戦相手としてこのカードを受けてくれました。日本のファンの皆さんにも敬意を表します。そしてこの場で、『実はハートは日本の女の子なのよ』と伝えたいです。サンキュー、アリガトウ。アリガトウ、サカキバラサン。闘いだして1年。私は日本を愛しています。ここは私のホームです。私は日本を愛しています。ドウモアリガトウ」。
堀田はマイクで「すいません。かわりがこんな結果で。次はぜひ神取さんに、このかたきを取ってもらいたいと思います。お願いします!」。
神取もマイクを取ると「皆さん、本当に今日はごめんなさい! でも堀田祐美子の熱い気持ち、闘う姿勢、それは伝わったと思います。必ずこのかたきは私が取ります! 榊原社長、よろしくお願いします」
すると外国人女性がリングに上がってきて、マイクを掴んだ。「ハイ。ヘイヘイヘイ、コンバンワー。ワタシ・アルファ・フィーメル・ジャジーデス。スターダム、プロレスラー、チャンピオン・デシタ」。
なんと日本の女子プロレス団体スターダムに出場経験のある、ドイツ人の女子プロレスラー、アルファ・フィーメルこと、ジャジー・ガーベルトだった。紫雷イオに敗れて王座を失ったものの、高橋奈苗(現・高橋奈七永)に勝ち、2013年に第二代ワールド・オブ・スターダム王座を獲得している大型選手だ。
Youtubeを見るとジャジーは昨年10月15日、ドイツ・ポツダムでおこなわれた総合の8角形金網大会『IFO3』に、シャジー・ガーベルト“アルファ・フィーメル”という、本名とプロレスのリングネームを合わせた名前で出場。マヌエラ・クーゼと闘い、2R2分42秒、マウントパンチでTKO勝ちし、総合デビューを飾っている(1ラウンドは5分)。総合の戦績はこれだけで、総合に進出するための準備は以前から始めていたそうだが、スタンドのパンチを見ると技術はまだまだ。ただプロレスと総合は分けて考えているようで、名前は総合では本名のシャジー・ガーベルトでいくようだ。
ジャジーは、日本語の単語と英語で喋り始めた。「ギャビチャン、ニホンゴ、ワカリマセン。今は彼女の勝利を祝福します。もう一度、今日の勝利、本当におめでとうございます。さて私、ジャジー・ガーベルトはあなた、ギャビ・ガルシアに挑戦したい。私、ジャジー・ガーベルトはあなたの尻を蹴っ飛ばしてやるわ。私、ジャジー・ガーベルトはあなたをブン殴ってやる!」。
ギャビはマイクで応戦し、「ヘイ・ガール。ヘイ・ガール。ノブ・サカキバラ、私の対戦相手を変えて下さい。さあ、今からやろうじゃないか。レッツゴー・ファイト・ナウ! レッツ・ゴー!」
客席は騒然。2人はなおも言いあう。ジャジーの口からはスラングの「この野郎!」的な単語も飛び出した。
通訳の女性が、ここでこうアナウンスした。「さて、ジャジー・ガーベルトから宣戦布告。私こそがギャビの対戦相手にふさわしい」「やりたいんだったら、やろうじゃないですか。どんなふうにやりますか?」
ギャビは「彼女は私と闘うには6カ月必要だと言う。今でいいんじゃないですか? ファイト・ナウ! ファイト・ナウ・ガール!」
すると状況を見て怒り心頭になっていた神取の叫ぶ声を、リング上のマイクがかすかに拾いだした。「お前は何だよ! お前は何しに来たんだよ! お前じゃねえだろ! 何なんだ! お前達、何だ、こっちだろ、この野郎! どけよ、この野郎! ふざけんな、この野郎!」
客席がざわつきだした。
ギャビは「ナウ×6、勝ったのは私ですよね」。
また神取の声をマイクが拾う。「何やってんだ。何だよ。闘うんだろ、お前(観客笑)。何だこれ(観客笑)。ふざけんな、こんなの(観客笑)。誰だよ、お前! (観客爆笑+拍手) (自分を指して)ここだろ? なあ、みんな!(『イエ~!』と叫ぶ観衆)。違うのか?」。
ギャビが英語で「レッツ・ゴー×2。カモン。こちらの準備は万端です。2人で同時にかかってきますか? 私と闘うのに6カ月必要ですか? カモン・ガール。いつでもいいですよ、私は」。
すると神取の捨て台詞が、マイクを通して館内にハッキリ響いた。「何言ってるか、わかんねえ!」。
これを聞いて館内はドッと沸いた。失笑を超えた大爆笑となり、大拍手が起こった。
ここでリングアナが「ジャジー・ガルーダ選手(注・リングアナはこう言った)、そしてギャビ・ガルシア選手、これから一体どうなっていくんでしょうか。どうぞ今後の女子格に皆さま、どうぞご注目下さい!」と締める。続いて選手の退場曲が鳴り響いたが、神取はギャビと自分との対戦をあおらなければならないシーンに飛び込んで邪魔をしたジャジー・ガーベルトに対し、尋常ではない怒りを見せていた。
この事態をRIZIN運営側はどう考えているのか。全試合終了後、榊原信之実行委員長が答えた。
「さっきも神取さんと会ったら『何であの子があがってるのよ』って言ってましたけど。(ジャジーは)日本の女子プロの試合にも出てますよね。飯伏幸太選手とも一緒になったことがあるって言ってましたけど。日本語もちょっと喋れる。日本のプロレスにも精通してるので。僕らは常にギャビ・ガルシアにチャレンジしたいっていう選手、世界中に網をかけてますから。その中に引っかかってきた選手の一人です。彼女も飛んできて、見に来たいと言うことだったので、来てもらって。ああいう形での参戦表明になったんですけど。堀田選手の流れを受けて(ギャビの次の相手として)神取選手がいく。これもひとつだと思います。神取選手がいつケガが治って、準備が間に合うのかっていうことにもよると思うし。ジャジーはたぶん、相当トレーニングを積んで。そうは言ってもギャビ・ガルシアと互角に闘えるポテンシャルというか、肉体とか技術とかを持った選手って…。参戦要求はあるけれど、とはいえ世界中に網をかけていても、いるわけではないので。だから両方、可能性はあると思います。どっちが先かはわからないです」。
さて堀田の試合に関しては、女子プロファンからも「MMAをなめるな」という声もあがっているし、逆に「闘う魂は見せてもらった」という声もある。
ここからは私見になるが…、格闘技には「勝つか負けるか」しかない。相手を活かすとか、風車の理論だとか、そんなプロレス的な考えは全く通用しない世界なのだ。勝てば全ての栄誉を手にし、負けた者は全てを失う。だからこそ勝者はリスペクトされるし、試合は尊厳に満ちているのだと思う。
堀田の出場に対し、プロレスファン側からも、あまりに無謀だったという非難が上がっているが、視聴率を少しでも上げるため、女子プロレスというジャンルからの対戦相手にこだわった大会主催者の意図の、犠牲になってしまった気がしている。
でもUFCでも女子のタイトルマッチが男子のタイトルマッチより視聴者数が多いこともある現在、女子の総合格闘技は視聴率獲得のため、重要なコンテンツなのだ。少しでも注目されるカードを組むことを、悪いと非難することはできない。
もっとも大会数日前になってギャビとの対戦を承諾してくれる日本の女性は、そうはいないだろう。第一、日本人女性とは体格が違いすぎる。それにRIZINは創立2年目の大会だ。がむしゃらに視聴率を取りに行かなければならない状況にあるRIZINを、責めることはできない。なんとしてもギャビのカードは組みたかったのだ。
その結果、堀田は首を取られたが、神取は生き伸びた。ギャビの試合を大晦日に成立させるため、堀田は身を投げ出したような気がしている。
神取はヒザの状態が悪く、プロレスの試合でも短い時間しかいい動きは出来ないのが現状。半年、総合の練習をしたとしても、勝てる可能性は低いと言わざるを得ない。それでも戦略が当たれば、勝つ可能性はある。堀田も、策がはまれば勝つ可能性はあったと思っている。
とにかく大晦日の格闘技大会に「女子プロレス」というキーワードがでてきたのは事実なのだから、注目されるキッカケに少しでもなればと思っている。堀田には立ち直って、総合のリングでギャビ・ガルシアと命の取り合いをしてきた女の凄みを、これからプロレスのリングで見せてほしい。
落ち込んでいる暇はないぞと堀田には言いたい。堀田の背中を見て、後輩達は奮い立て!と言いたい気持ちだ。ただし、負けは負け。準備期間が短かったとか、言いわけはなしだ。
(文/フリーライター安西伸一)