MAOが上野勇希を撃破しKO-D無差別級王座初戴冠…『いつどこ』行使の髙木三四郎を下し、早くも初V!「これでやっと上野勇希の横に、MAOの名前置けたかな?」

DDTプロレスが8月11日、東京・両国国技館で真夏のビッグマッチ「WRESTLE PETER PAN 2026」を開催した。MAOが上野勇希を撃破し、KO-D無差別級王座初戴冠。さらには『いつでもどこでも挑戦権』を行使した髙木三四郎を下して、早くも初防衛を果たした。
MAOはDDTが両国国技館に初進出した大会(2009年8月23日)での髙木vsザ・グレート・サスケのウェポン・ランブルを見て、DDTでプロレスラーになることを志した。そして、2015年8月23日、憧れの舞台である両国でデビュー。キャリアでは上野より1年先輩にあたるが、独自の路線をまい進していたため、かつてはKO-D無差別級王座にはあまり興味を示さなかった。だが、2024年、シングル最強決定トーナメント「KING OF DDT」を制覇すると、当時もKO-D無差別級王者だった、サウナカミーナの“盟友”上野に挑戦表明。同年7・21両国で上野に挑むも敗れた。その後、MAOはサウナカミーナを脱退し、KANONと合体してストレンジ・ラブ・コネクション(S.L.C.)を結成して勢力を拡大してきた。一方、上野は昨年9・28後楽園で3度目の戴冠を果たし、6・28後楽園で青木真也を破りV8に成功すると、次期挑戦者にMAOを指名。2年ぶりに同じ両国の地で上野vsMAOの黄金カードが実現することになった。
試合が始まると、エルボーの打ち合い。MAOがエプロンからダイビング・レッグドロップを放てば、上野はエプロン上でハーフネルソン・スープレックス。上野がスワンダイブ式ダブルニーを見舞えば、MAOは垂直落下式ブレーンバスター。MAOはキック連打、キリモミ式のラ・ケブラーダを発射。上野がフランケンシュタイナーからラリアットで花道に飛ばすと、MAOは掌底、上野はシャイニング・ウィザードを叩き込んだ。上野は背中にフロッグスプラッシュ、正調のフロッグスプラッシュもカウントは2。MAOがみちのくドライバーⅡからキャノンボール450°も、かわした上野はブラックアウト・スリーパー。さらにスリーパーで絞め上げるも、MAOはなんとか脱出。上野がJul.2もカウントは2、BMEは自爆。そこから打撃の応酬となり、MAOが元タッグパートナーのマイク・ベイリーの得意技アルティマ・ウェポン(シューティングスター式ダブルニードロップ)も2カウント。MAOが掌底連打、上野がドロップキック連発。耐えたMAOは掌底、みちのくドライバーⅡ、最後はキャノンボール450°でトドメを刺した。
MAOは「俺は2009年、DDTが初めて両国に進出した大会を見て、ここまでやってきました。DDTのプロレスラーになって、上野勇希という最高のライバルに出会ってやってきました。どんどん強くなっていく上野勇希を一番近いところで見て、すごい憧れてました。上野勇希は俺の憧れのプロレスラーだ。いろんな言葉を探したけど、仲間であり、ライバルであり、一番しっくりきたのが憧れだったよ。これでやっと上野勇希の横に、MAOの名前置けたかな?」と言うと、上野はMAOの肩を叩いて退場。続けて、MAOは「今はS.L.C.っていう素晴らしい仲間がいるんだけど、独壇場でやらせてもらっていいかな? 一人でチヤホヤされたいときもあるんだよ。今日、上野勇希に勝つことができたのは、この場があるからだし、支えてきてくれた仲間たちのおかげだし、こうして応援してくれるお客さんの目の前で頑張った俺のおかげだと思います。こういうことを平気で言い切って、メインイベントを締める。それがMAOだ! 俺たちはまだまだ止まらないぜ。まだまだやりまくるぞ!」とMAO流で締めくくった。
MAOが花道を引き揚げ、通路でS.L.C.メンバー、各選手から祝福を受けて、コメントスペースに入ると、出迎えた髙木が握手を求めようとするも、「ウソじゃー!」と言って、『いつどこ』(青)行使を宣言。この日の第3試合(鈴木みのる&髙木vs平田一喜&To-y)で髙木はストーンコールド・スタナーでTo-yを下し、『いつどこ』を奪取していた。だが、33分47秒に及ぶ死闘を制したばかりのMAOに行使するとは、あまりにも大人げない話だ。
髙木はMAOを花道に無理やり連れて行くと、CO2ガスを噴射し、戦闘用チャリンコ・ドラマティックドリーム号でひいた。ここでゴングが鳴り、髙木はテキサス・クローズライン、雪崩式ブレーンバスター。ここで、稲畑誠己に1万円の小遣いを渡すと、稲畑がプラスティックケースを運んできた。髙木はプラケースで殴打も、MAOがプラケース上へのパワーボムで逆襲。髙木はシットダウンひまわりボム、プラケースを持ってダイビング・ボディプレスもMAOが剣山で阻止。そのままMAOは首固めで切り返して3カウントを奪った。
MAOは「なんてことしやがるんだ! さっき言ったよね。2009年の両国であなたの試合を見て、ここにいるって、いいこと言ったよね!? とんでもねえ団体に入ったわ。一人の少年の人生をここまでやっといて、こんなことするなんて!」と非難。髙木は「お前、俺を4回も車でひいといてよく言うな。俺も今日はお前を祝福してやろうと思ったんだ。でも、なんかムカついちゃって。今ならワンチャンいけるかなと思って。だけどお前強かったよ」と返答。
そして、MAOが「俺がこうなったのもあんたのせい。でも、いいや。この大人げなさに憧れたのかもしれないな。でも、今はちょっと軽蔑してるぜ」と言えば、髙木は「MAO、らしくねえな。この大人げなさ。でたらめさ。変なところ含めてDDTじぇねえのか? これこそがドラマティック・ドリーム・チームなんだよ」と言い返した。
最後は敗れた上野がリングに上がり、MAOの腰にベルトを巻いて、熱い抱擁をかわして退場した。
疲労困ぱいでバックステージに戻ったMAOは「防衛までしちゃいました。もうわけ分かんない。1周回って、上野勇希と戦ってたのが遠い昔のような。髙木三四郎、やってくれたなって感じですわ。でも高木三四郎がいなかったら、俺はここにいないんで。髙木さんのおかげでDDT入って、やっとKO-D無差別級チャンピオンになりました。上野勇希と出会って、2回も両国のメインイベントでシングルやって。憧れの存在だった上野勇希の横に、これでMAOの名前も並ぶことができたかな。今回の両国の一番のモチベーションで頑張ってきたことは達成できたかな」と笑みを見せた。
そして「せっかくKO-D無差別級のベルトがここにあるんで。何でもできるなって気持ちです。 俺の言ことは今何でも通っちゃうかもしれないなって感じで楽しみですね。まだまだ『いつでもどこでも挑戦権』があるし、『いつでもどこでもいつでもどこでも挑戦権挑戦権』もあるし、一番しんどい時にチャンピオンになっちまったかもしれないけど、全部楽しんでいきます。次誰が出てきてもいいように気を抜かないで備えます。来年30周年、俺も30周年なんで。この世に生まれて。 その周年イヤーもこのベルト持ち続けて、いい30周年を目指したいなと思います」と意欲を見せた。
かたや、11ヵ月守った王座から陥落した上野は「負けたよ 言い訳も何もなし。でも負けたら悔しいね。でも、俺は自分の人生から逃げへんから。DDT背負うって決めたときから、ゼロには戻らないぞ。こんだけすごい団体を引っ張って、大きいとこに行くって叫んだ人間が止まってられへんから。MAOのDDT見せてくれ。楽しみにしてるよ。俺は最後列にはいかんぞ。ずっと一番前にいるから」と肩を落としながらも前を向いた。
DDTでは2027年3月22日に両国国技館で30周年記念大会を開催することが決定した。CyberFight彰人取締役は「30周年に向けてやるんじゃなくて、29周年でも今DDTが持っている ものを出し惜しみなく、すべて出す大会にしようというテーマで進めてまいりまして、この形になりました。2027年の記念大会は両国国技館になりますけど、会社としては慎重にジャッジしていかなきゃいけない。30周年のうちに東京ドームが叶うか、その先になるかは、まだ見えてないですけども、東京ドームというものを目指していければと思っております」と総括した。
















