大石真翔が家庭の事情により10・3新宿でDDT退団!今後は仙台を拠点にフリーで活動

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 DDTプロレスが7月24日、東京・新宿区のCyberFight事務所で記者会見を行い、大石真翔が10月3日の東京・新宿FACE大会をもって退団することを発表した。今後はフリーとして活動する。

 大石はK-DOJOの1期生として、2002年1月にプエルトリコでデビュー。2007年にはヒールユニットΩを結成して、同団体マットを席巻。2010年をもってK-DOJOを退団。2011年からDDTに参戦し、後に入団を果たす。勝俣瞬馬、井上麻生(現MAO)とのアイドルユニットNωA、秋山準らとの「準烈」などで活動。現在は秋山、男色ディーノとのDEAD OR ALIVE(D・O・A)でファイトしている。

 会見で大石は「理由として、奥さん(元女子プロレスラーの大畠美咲さん)のお父さんが亡くなりまして。話し合った結果、宮城に住もうという話になりました。奥さんの実家近くに家を購入しまして、そちらに住むことになりました。私は単身赴任で、東京に今住んでます。月2回ほど、宮城に帰ってはいるんですけど。下の子がもうすぐ3歳、上の子は12月で5歳になる。もうすぐ小学生になるタイミングに、家族と一緒に住みたいなというのが一番の理由です。たまに帰ったときに、子どもから“帰んないで”って泣かれたりするんですけど、それも辛いというか、一緒に住みたいなって。宮城に住むというのは、結婚して子どもが生まれてから、ずっと考えていて、子育てするなら宮城がいいかなって思っていて。試しに単身赴任してみたら、やっぱり家族といる時間を増やしたいと思って、ケジメとして退団を決心しました」と事情説明。

 同席した彰人取締役は「選手以外に、業務委託という形で裏方業務をやってくれていて。バスの運転とかもやってくれていて。裏方として、大石さんが抜けるのは結構大きいことではあるんですけど、家族との時間をもっと大事にしたいというのもあって、快く仙台に送り出そうと思ってます。プロレスを辞めるわけではなく、フリーのレスラーという形になるんで、大石さんが必要なときは声を掛けますし、もしかしたら業務的に必要だなってなったら、来ていただくこともあると思う」と話した。

 地方在住となると、試合数の確保も大変になるだろうが、大石は「この年になって、体も万全ってわけじゃないんで、様子見ながら、呼んでくれるところがあれば参戦するし。仙女の橋本(千紘)選手に連絡して、道場で練習させてって話はさせてもらったんで。宮城に行って何しようかとかまだ決まってないんで、いろんなことをしながらやっていこうかなと」と語った。

 D・O・Aメンバーの反応について、大石は「男色に話したときは、“さびしくなるな”って言ってました。秋山さんに関しては、一番ごねられました。“なんとか残れないの?”って。“俺が呼んだら来てよ”みたいな感じで言ってくれました」と言い、今後フリー参戦した際も基本的にD・O・Aで活動していくつもりだという。

 DDTへの参戦について、彰人取締役は「出てほしいときには声を掛けますし、僕らが仙台で大会をするときは間違いなく声を掛けるでしょう。スポットで出ていただくことは十二分にあるし、両国とか大きいところは可能なら声を掛けて出ていただこうかなと思ってます」とスポット参戦の可能性は十分。

 残された期間でやりたいことに関して、大石は「思い出のある選手とは対戦なり、組んだりはしたい。関係が深い勝俣、MAOとか。あとやっぱり遠藤(哲哉)ですね。ケジメをつけたいというのはあります」と述べた。

 DDTでは髙木三四郎副社長の許可を得て、大型2種免許を取らせてもらったことに感謝しているという大石は「タクシーも運転できるんで」と笑み。宮城出身の斉藤ブラザーズ(ジュン&レイ=全日本プロレス)が地元のローカルテレビ局で「タクシーめし」というレギュラー企画をもっているが、「タクシー運転手になって、偶然を装って、タクシーめしに出れれば」と周囲を笑わせた。

 会見終了直前には、所用のため外出していた高木副社長がギリギリで間に合い、大石をねぎらった。髙木副社長は「今まで芸能人の方々の選手としての育成は全部大石さんの手腕だった。これから芸能人デビューの場合は、みんな仙台に送り込みます」と依頼していた。

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