3・21後楽園での一騎打ちに向け、竹下幸之介と高木三四郎が並々ならぬ決意示す!竹下「最高のオヤジ超えを果たし、親孝行したい」

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 DDTプロレスが3月20日、東京・新宿区の「新宿マルイ メン」イベントスペースで、旗揚げ26周年記念興行「Judgement2023〜後楽園史上最長5時間スペシャル〜」(3月21日、東京・後楽園ホール)に向け直前会見を行い、初の一騎打ちに臨む竹下幸之介と高木三四郎が並々ならぬ決意を示した。

 この一戦は年末年始に一時帰国していた竹下が1月3日の後楽園大会で「デビューして10年経ちましたけど、僕が入る前からDDTにいて、唯一シングルで戦ってないのは一人だけ。今やるしかないでしょう、高木三四郎!」とシングル戦を要望し、高木がそれを受諾して実現するに至った。

 竹下は「毎日選択の連続だと思うんです。僕はプロレスラーになることは、宿命みたいなものだと思っているので、そこに選択の余地はなかったんですけど。じゃあプロレスラーになるにはどこの団体でなろう。新日本なのか、全日本、ノア、大阪プロレス。いろんな選択肢があるなかで、僕はDDTを選んだ。10年、プロレスをやってきて、改めて思ったことが、たぶん高木さんがいたから、DDTを選んだんだんだなと。僕が選んだのはDDTだし、DDTが選んでくれた竹下幸之介という。高木三四郎が僕にDDTでプロレスラーになるチャンスをくれて、今の自分がある。そういう感謝の気持ちももって。僕はこれは親子ゲンカだと。最高のオヤジ超えを果たし、親孝行したいと思ってます」と決意表明。

 高木は「竹下幸之介という男に対しては、やっぱり始めから何か違うものを感じてまして。mixiのメッセージで、“僕はDDTでプロレスラーになりたいんです。この業界でテッペンを取る自信があるんです”と書いていたとき、コイツはちょっと違うなと感じていて特別な気持ちがあったんです。初めて会って、竹下君、大きいね。みたいなところから特別な感情でいたのは事実です。彼とのシングルを避けていたわけでもないし、やるタイミングがなかったということもあるんですけど。彼のほうから、初めてのシングルマッチをやりたいと。これは一つの覚悟をもって受けなきゃいけないと思って。正直なことを言いますと、それまでは体調万全ではなかったです。負傷していた箇所もありました。でも、それを言い訳にしたくなかったので。ここ何年かのなかでは最高のコンディションに整えてきました。すべてをぶつけて、彼はオヤジ超えといいましたけど、そんな簡単には超させないよと。俺だって20何年やってきた意地があるし、DDTを26年間引っ張ってきた自信があります。それらすべてをもって、竹下幸之介、簡単に超えさせない。全力で潰します」と覚悟を示した。

 シングル戦が実現していなかったことについて、高木は「自分のなかで一つ大きな気持ちがあったんで。それは今は言えないんですけど、もうやるしかないなというところです。自分が体調万全な状態のときに、たぶん彼は今一番脂が乗ってるだろうし、まだまだこれから伸びていくと思うので」と明言は避けた。

 竹下は「僕がデビューする前からDDTにいた選手で、シングルをしてない選手は唯一なんです。ほとんど全員とシングルをやってきて、僕がまだ勝ててない選手はおそらくいないんじゃないかと。最後、高木さんに勝てば、DDTオール・コンプリートという感じなんで。そういうので勝ちたいというのもある。この10年ではタイミングがなかったんでしょう。タイミングが来ないなら、チャンスは自分でつくるしかないので。高木さんの年齢、自分の将来の展望とか考えたときに、今やらなければ、やらずに終わってしまうんじゃないかと。最初で最後のシングルになるんじゃないかと思います」と話した。

 高木にとっては、ここ数年のシングルでは大一番となるが、「ここ何年にない気持ちで高ぶってます。タイトルマッチじゃないですし、最近ファンになった人たちからしたら、“まだやってなかったんだ”くらいの感覚かもしれないですけど。彼がDDTに入団して、自分とシングルをやるときは、DDTにとっても、何か一つ大きい時代の変わり目になるんじゃないかと。それくらいの気持ちで、彼とシングルを挑もうと思ってます」とキッパリ。

 約1年の米国遠征を経て、高木にぶつけたいものに関して、竹下は「AEWを主戦場に戦っていて、試合があることが当たり前じゃない。所属選手が150人くらいいて、ゲストでたくさんの選手が来て。毎週水曜が大会で、試合はダークマッチも含め、組まれるのはだいたい50人。3分の1に入らないと試合すらない。日本にいたときには抱けなかったハングリー精神というか。当たり前のように試合が組まれて、当たり前に頑張れる環境がある。頑張ることすらも許されないという。そういう環境で1年やってきて。昔の高木さんにはインディー魂というか、絶対にほかの団体になめられないぞというハングリーさを、2004年、2005年とかの小学校2年生くらいから見てて。そのときの高木三四郎と戦ってみたいと思ったのがそもそもなんで。僕は心の準備もできてるし、コンディションはバッチリなんで。あとは高木さん次第じゃないですか」とコメント。

 その米国での経験を踏まえて対峙する竹下について、高木は「昨日、鶴見で久しぶりに対峙しましたけど、さらにデカくなってるなと。ただAEWという組織自体がかなり大きい。そのなかで生き抜いていくのは彼にとって大事なことだと思う。自分がDDTを1997年に立ち上げて、ずっといろんなものと戦ってきて。ときには選手だけじゃなく、ファン、メディア、世間とも戦い、いろんなところで戦ってきて勝ち取ってきたのが今のDDT。だから自分はそれを背負って。竹下も戦ってるかもしれないけど、オマエの戦いがどこまでのものなのか。自分もいろいろ戦ってきたので負けないです」と意気込んだ。

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