天心、武尊。かくて6・19『格闘技の日』は終わった

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(文/フリーライター安西伸一)

6月19日(日)の『THE MATCH』東京ドーム大会を控えた1日前。翌日のメインイベント、特別キックルールで闘う那須川天心と武尊は、午後1時台に計量をおこない、その後、決戦前の最後の記者会見をおこなっていた。

まず登壇したのは武尊。おだやかながらも覚悟を秘めた面持ちで、冷静に決意を語り出した。

「この試合に判定はいらないと思うし、KOでどっちかが倒れて、どっちか立っている図式でないと、この勝敗ってハッキリ決められないと思う」

続けて発した「倒して勝ちます」という声は小さくて、それは決意を述べるというより、何か思いつめているようにも感じられた。

「やれることはやってきたんで、いい意味で僕の中では“無”になっているイメージ」

「天心選手のすべての攻撃で、人を倒せる能力があると思うので。すべての攻撃を、気をつけています」

20日以降の自分の人生で、想像できているものってありますか、という問いには、
「試合っていうのは命の取り合いだと思ってるんで。負けたら死と一緒だと思っているし。試合後の予定とかを特に何も決めてなくて。その後のことも、今は何も考えてないです。とりあえず、明日勝つことだけを考えています」

負けたらどうするつもりか、尋ねられたわけではなかったけれど、武尊は“負けたら死と一緒”という答え方をした。

悲壮感を強く感じさせる、受け答え。全般的に声色には、やや艶(つや)がないような印象を受けた。減量は順調だったのか。明日の4キロ戻しの再計量まで、気は抜けない。

誰もフレンドリーな声を掛けられないような、武尊の孤独なたたずまい。一問一答がおこなわれた会見場には、切迫した想いが張り詰めているようにも感じた。

続いて登場したのは天心。表情、声色からは、大試合を控えた緊張は伝わってくるものの、妙に明るく、心のこわばりをしのぐ、明朗なテンションがあった。

「(勝つ姿のイメージは)出来てますね。すべてにおいてというか、見えるんですよ、なんか。今、本当に緊張もないし、ワクワクしかなくて。この1、2週間、ずっと研ぎ澄まされていて、これで俺もう負けたら、もうしゃあないよねっという感じ。何パターンも技を用意していますし、(それでも)当日思うこともあるだろうし。当日になってみなきゃわかんないですけど。まあ那須川天心として最後、やり切りたいなと思います」

会見場の緊張も、ややほぐれ、天心が時折り見せる笑顔に、座がなごんでいった。

試合後の天心の会見では、天心も負けたら死ぬ覚悟だったと吐露したが、前日会見では悲壮感を見せない天心が、そこにいた。

これほど明確に、闘う両雄の心情に差が出た対戦前の記者会見は、そうない。もし武尊の醸し出していたムードが、相手を油断させるための作戦だとしたら、それはそれですごいものなのだが。

でも……試合では、1日前の会見場で見せていた二人の雰囲気が、そのまま持ち込まれたような展開になった。

武尊の攻めが通じない。かつてメイウェザーの手のひらの上で、もがいていた天心が、今度は逆の立場になっていた。試合の主導権は天心が握り、天心のパンチは的確に当たっていった。

武尊は素晴らしい選手だ。K-1のリングで何度も、武尊はミラクルな逆転劇を見せてきた。人を引き付ける魅力に満ちた武尊は、名実ともにK-1のエース。現代のK-1のカリスマだ。

でも、ことこの一戦に関しては、武尊の光が消された。

1ラウンド、天心の右のジャブが、矢のように伸び、武尊のガードの間から武尊の顔面をとらえた。

天心には武尊側のセコンドの「ジャブは捨てろ!」という声が、聞こえていたという。

それならばと天心は逆に、どんどん前に出て行って、右パンチを狙い続けた。

そしてラウンドの終盤、武尊の右に合わせた天心の左フックが、鮮やかにヒット! 武尊の左フックは当たらず、大きな弧を描くように空転。そのまま体を回すように、キャンバスにダウンしていった。

この天心の左の一発は、腕に力みのない、鮮やかなスイング。肩から湧き出るパワーを、そのまま拳に乗せたような巧みな一撃だった。

この緊迫した攻防の中で、こういうパンチが自然に打てたのだから、天心の気分はさらにノッてくる。

ところが2ラウンドに入ると、天心が偶然のバッティングを食らい、右目にダメージ。タイムストップとなった。

まぶたを深く切ったりすれば、試合がそこで終わってしまうこともありうるのが、バッティングによるアクシデントだ。

天心は右の視界が二重に見えるようになり、試合が終わるまで続いたそうだが、試合は続行。

すると武尊は、天心を抱きかかえて投げつけるという、明らかな反則行為を繰り出した。

武尊にレフェリーから口頭注意が与えられる。

さらに3ラウンドになると、武尊は相手の右拳を左ワキではさみ込み、自分の右ヒジを曲げると、その右腕の前腕部で天心の右顔面をプッシュ。力で強引に倒して見せた。

武尊の真意はわからないが、明らかに武尊に、ラフな攻撃が目立ってきた。

そんな武尊の行為、覚悟を見せつけられて、改めて思い知らされたこと。それは、この試合が、「今日負けても、明日勝てばいい」というスポーツの試合ではなく、ルールのある“果たし合い”だったということだ。

負けた者には、明日はない。負けても、明日も生きなければならないのが現実だけれど、「今日負けても明日がある」という気持ちは一切なく、闘っている。

追い込まれた武尊の、はち切れるような情念が伝わってきた。

そして武尊はノーガード。顔を打たれるとニヤリと笑い、天心を見つめた。

反撃ののろしがあがった! その笑みはこれまで、武尊が窮地の中で何度も見せてきた、逆襲の合図だ。

でも天心は、ラッシュをかけようとする相手をダッキングでかわし、クリンチし、武尊の動きを封じてしまった。攻めていた天心が、防御に徹するムーブを見せた。

試合後の天心に聞くと、「ここで(相手の挑発に)乗ったらいけないなって思いましたね。全部研究して、笑ったら(次に)このパンチ来るとか、そういう対策もしていたんで。笑ったら、このパンチがくるとか、こういう動きするというクセとかも、全部やってきたんで。だから落ち着いて、できたと思います」。

武尊が笑ったら次にどんな攻撃がくるか、天心にはわかっていた。武尊は、笑ってはいけなかったのだ。

前日会見で、武尊は「自分の直感を信じて、闘おうかなと思っている」と言っていたが、どういう動きをされるか読み切られていては、さすがに手も足もでない。

クリンチされた武尊の表情に、あせりが見えた気がした。武尊の逆転勝利の希望の灯は、まさに消えかかろうとしていた。

3ラウンド終了のゴングが鳴り、5人のジャッジの判定が下る。ワンダウンを奪った天心の勝利は揺るがなかった。

判定後、両雄は会話し、感謝の気持ちを伝えあったようだ。

そして武尊は、自分のコーナーに倒れ込むようにしゃがみ込むと、深々とリング中央に向かって座礼した。

リングを降りた武尊の姿は、薄暗い中のシルエットとしてビジョンに映し出され、その肩はすっかり丸まっていた。表情はハッキリ見えなくても、すべてを失った男の心情は、痛いほど伝わってきた。

花道を戻る武尊の姿には生気がなく、まるで魂をなくした抜け殻のようだ。そして会場のビジョンは、ユラユラと歩く武尊がダッグアウトに消えていく、最後のシーンも映し出していた。

振り返り、ドームを埋めた満員の観客に対して、深々と一礼する武尊。ヒザに両手をあて、しばらく頭をあげようとしない。客席からは惜しみない拍手が、梅雨時の雨のように、しっとりと降り注いだ。温かくもあり、どこか切ない拍手の雨に、武尊が包まれている。

勝者が栄光を総取りするのが、勝負の掟だ。でも武尊がファンに与えてきた勇気と感動は、消えるものではない。

決意、覚悟、意地、名誉、信念、使命感。色々なものにまみれた武尊が、会場から姿を消そうとしていた。

こんなに、切なくも美しい敗者を、初めて見た。

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