【全文掲載】映画『アントニオ猪木をさがして』完成披露試写会後のトークショーで藤波辰爾、藤原喜明、神田伯山、和田圭介監督、三原光尋監督が各々の“猪木さがし”を熱弁!

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 20日、有楽町朝日ホールにて映画『アントニオ猪木をさがして』完成披露試写会が開催。試写の後には映画に出演した藤波辰爾、藤原喜明、講談師・神田伯山と和田圭介監督、三原光尋監督をゲストに迎え、MC清野茂樹の進行で舞台挨拶が行われた。

 10月6日全国で公開の本作は、新日本プロレス創立50周年を記念して制作された映画。昨年10月1日に亡くなったアントニオ猪木さんについて、和田圭介氏が監督したプロレス界内外の人々が語る証言を元にしたドキュメンタリーや、アントニオ猪木さんの迫力あふれる試合映像やスチール、三原光尋氏が監督したアントニオ猪木さんの”言葉の力”に動かされた人々の物語で綴る3本のドラマを通して体感できる作品となっている。

 完成披露試写を終えたばかりの満員のホールに豪華ゲストが登場すると、割れんばかりの拍手が巻きおこった。


清野「はい、皆さんお待たせいたしました。本日は『アントニオ猪木をさがして』完成披露試写会にお越しくださいまして誠にありがとうございます。これよりアフタートークを行いたいと思います。進行を務めます、私清野茂樹でございます。よろしくお願いいたします。いかがでしたでしょうか?先ほどの猪木さんの映画。本当にね、猪木さんのプロレス同様、見る人にとって、感じ方様々だと思います。みなさんいろんな感じ方・思いというのはあると思うんですけども、今からですねトークを始める前に一つ注意事項がございます。携帯電話の電源、必ずお切りいただきたいと思います。また、本日のイベントはですね、マスコミの方々そしてオフィシャルカメラの取材が入っておりますので、舞台挨拶の際には映り込む可能性がありますことをあらかじめご了承のほどよろしくお願いいたします。さあ、それではですね、この後、いよいよトークショーに参りましょう。準備のほどはよろしいでしょうか?ではお待たせいたしました。本日の出演者、豪華な皆さんをお招きしております、神田伯山さん、藤波辰爾さん、藤原喜明さん、和田圭佑監督、三原光尋監督です。完成披露試写会たくさんの方がお越しくださいました。では、登壇者の皆様から一言ずつご挨拶をいただきたいと思います。まずは神田伯山さんお願いします」

神田伯山「こんばんは、講談師の神田伯山です、よろしくお願いいたします」
清野「それでは、それだけで大丈夫ですか」
神田「何か後で映画の感想とかそういうところあると思うんで、私の方知らない方もいらっしゃると思うんで挨拶だけさせていただきました。藤波さんと藤原さんに突っ込まれるの怖くて。何を仰るかなと」
清野「では藤波さんお願いします、一言皆さんにご挨拶を」
藤波「皆さんようこそいらっしゃいました。藤波です。『アントニオ猪木をさがして』どうですか。猪木さんはいましたか?(※会場、拍手で応える)このあと楽しみにしたいと思います。よろしくお願いします」
清野「続いて藤原さんお願いします」
藤原「藤原でございます。今日はこんなにたくさんの方にご来場いただきまして本当にありがとうございます。猪木さんの映画を見て、何を感じるかは、あなた次第です」
清野「ありがとうございます。続いて和田監督お願いします」
和田監督「本日はご来場いただきましてありがとうございます。『アントニオ猪木をさがして』監督をさせていただきました、和田といいます。今日は今回僕が取材していく中で、見たこと聞いたこと感じたことを少しでもお話できたらいいなと思います。よろしくお願いいたします」
清野「はい。ありがとうございます。では最後に三原監督お願いします」
三原監督「本日はご来場くださいましてありがとうございます。時々舞台挨拶させていただくときがあるんですが、今日は皆さん本当にいつもの映画の舞台挨拶じゃなくて本当にプロレスを愛してらっしゃる方を前に立たしていただくことは大変恐縮で緊張しておりますが、金曜8時、幼少の頃から、もう人生かけて見てきた自分にとっては今日も感慨深いものがあります。(※客席から「がんばれー!」と声援)どうもありがとうございます。ありがとうございます」


清野「さてそれではトークを進めていきたいと思います。今回の映画タイトル『アントニオ猪木をさがして』という名称がつけられております。猪木さんを探しに行く。みんながそれぞれ探しに行くといういろんな姿がですね映画の中、スクリーンの中見ることができます。今回のまず映画が立ち上がって企画がスタートして、今回和田監督が総監督という立場なんですが、和田監督はこのお話がまず来たときにどうお感じになりました?」
和田監督「はい。最初に感じたのは、やはり100分位の映画であるといったときに、100分で猪木さん生涯を、人生を描くのは難しいと思いました」
清野「100分っていうのはあらかじめ決まってたんですか?」
和田監督「映画なんで、長くても120分くらいだと思うんですけど、今回90分から100分っていうのが最初に決まってました」
清野「その中でどうしようかと?」
和田監督「そうですね。例えば1試合アリ戦だったり、引退試合だったり、1試合取り上げても多分1時間2時間話せると思いますし、例えば政治家としての猪木さんだったり、晩年だったり、ブラジルでの3年間だったり、どれもやはり普通の人じゃ体験できない人生を歩んでいる方。どのシーンもドラマチックなんで、どこを取り上げるかっていうのは苦労するなと最初から思いました。棚橋さんと出演者の中では一番最初にお話をしたんですけども、最初にご挨拶をしてお別れをするときに、棚橋さんから『一つだけ、猪木さんを知らない世代でもすごいプロレスラーがいたんだってことが伝わるような映画にしてください』って言われたんで、それが最初に聞いて、最後までそういう風にしなければいけないなとは思いました」


清野「そこをかなり意識してお作りになったということですよね。和田さんが総監督でそのお隣三原監督がドラマパートを監督された担当されたということですよね。三原さんはこのお話があったときどうお感じになりました?」
三原監督「ドラマパートといっても流石に御本人はちょっと出演できないわけで、そっからどういうふうに物語を考えていくかというときに、もう本当に自分が幼少の頃からさっき申しましたみたいな金曜8時、もう全人生をかけて過ごしてた人間でしたので、そのときの少年時代の思いから出発して、あの三つのエピソード、それぞれ人生の中で、今私が生きてきた中で感じたこと、それをスライドさせながらあのエピソードとして描かさせてもらいました。だから、三つエピソードありましたが、それぞれ人生の思い出があって、自分なりの猪木さんへのラブレターのような形で撮らしていただきました」
清野「もう今のお話を聞いただけで、語り口調だけで、もう最初オファーがあったときに興奮されたんだなってのよく伝わりますね」
三原監督「もうちょっと震えました。もうやってはいけないことぐらいのそれを本当に恐れ多い。金曜8時のテレビの前で三原家かじりついていた家でしたので」
清野「断るっていう選択肢はなかったんですか」
三原監督「いやそれはもう他の人がやったらもっと嫉妬しますからね。そのときはやっぱり考えても、もし今日他の監督がドラマパートやって、明日そのね、記事とかに上がってるのをみたらもう本当にもう、もうショックを受けると思いますので、それはやらせていただいて本当にもう良かったです。本当に三原家は金曜8時やったんで・・・(※会場から笑い)」

清野「もう金曜8時は重々承知いたしました。さあそれでは他の皆さんにも聞いてみたいと思います。出演のオファーがあったときにどう思われたか。まずは白山さん」
神田伯山「いやもうとにかく恐れ多い。私が果たして・・・いっぱい猪木さんのファンはいらっしゃいますし、MCされてる清野さんもそうですし、『いいのかな?果たして俺みたいなものが』っていう思いがあったんですけど、これはでも遠慮したら一生後悔するなと。まさに猪木さんの『迷わず行けよ』じゃないですけどそれが後押しになってこれは堂々と出させていただこうという、そういうようなすごい謙虚な気持ちで出演させていただきました」
清野「お話もらってそれで考えて答えるまでどれぐらい時間かかったんですか?」
神田伯山「うーん・・・1分ぐらいです。でもその1分はすごい考えました。『もっとふさわしい人がいるんじゃないか』とか、まさに監督が今仰ったような感じですがが、『代わりのやつが自分が気に入らない奴だと嫌だな』って。多分監督そうですよね?」
三原監督「本当にもう、本当に『不祥事が起こってくれ』ぐらいの気持ちです」
神田伯山「ここまでじゃないですけど、同じような気持ちで、監督と一緒っていうのは失礼ですけど、出させていただいたっていうところです」


清野「さあ、藤波さん、藤波さんは猪木さんの映画の企画出てくださいと言われたときどう思われました?」
藤波「いや僕はなんていうかな。猪木さんとずっと一緒にいましたけど、改めてこういう形でね、出てもらって自分のたった一つの宝が、増えたなっていうね、本当にいい思い出になりましたね」
清野「藤波さんも猪木さんのこと大好きですからね。藤原さんは、出演依頼があったときまずどう思われましたか」
藤原「僕は一番先に言ったのは、『おいおいおい、難しいこと引き受けて大変だぞ』って言ったんですよね。ええ。ただね、ちゃんと上手くまとまってまして。感動しました。やっぱりプロフェッショナルはプロフェッショナルなんだなと」
清野「藤原さんも猪木さんのこと好きですしよく藤原さんはおっしゃいましたよね、新日本プロレスにいる人はもう皆猪木さんのことがやっぱり好きだったっていう」
藤原「いや、それは聞いてみなきゃわかんない。僕は好きでした」
清野「藤波さんはもちろん大好きですよね」
藤波「いやまあ藤原選手も照れくさく言ってましたけどね、みんなやっぱり新日本だけじゃなくて、プロレスラー目指すひとはみんな猪木さんになりたいんですよ。うん。そこ目指してみんなプロレスラーになるんでね」


清野「そうですよね。そして出来上がった本編をご覧になっていかがでしょうというところですが、伯山さんご自身でご覧になっていかがですか」
神田伯山「そうですね。気になるというか面白い点がいっぱいありましたね。プロレスファンは特に思うんじゃないですか。棚橋選手が猪木さんのこの道場でのパネルを20数年前に外されて、もう1回付けるっていうシーンがあったんですけど、そんな、バービー人形みたいに付け替えていいものなのかというのが」
藤波「もってのほかだよね」
神田伯山「俺藤波さんが後ろ盾になるとこんなに強力なんだ(笑)でもこれはわかるのは棚橋さんはちょっと新日本が弱っていた時期にずっと中邑選手とともに頑張られて、本当に何でしょうかね救世主というか、そういう存在で、あのときの猪木さんはちょっと今回描かれてないんですけど、ちょっと悪役みたいなところもあったかもしれないですよね。そういう流れの中でのあれなんで、棚橋さんのお気持ちはわかる。棚橋さん大好きなんですけど、ただそんなに簡単に付け替えてという箇所は、ちょっと気になったは気になったってファンの方いらっしゃいますか?はい。(※清野がただ一人挙手)あ、1人だけいらっしゃいました(笑)あれ〜、ちょっと僕はそこが気になりましたね」
清野「藤波さんも同じような思いでいるというか、同感・賛成というところありますか」
藤波「いや、僕もね冒頭に『アントニオ猪木をさがして』という本当に素晴らしいタイトルがついたなという。だから僕未だに先程から何度も言ってますが本当に未だに、探し求めてますからね。もう僕も本当にプロレス人生本当に道しるべのようなね」
清野「藤原さんはやっぱり今も猪木さんのことを思い出すことって当然ありますか」
藤原「はい。なんだっけ、猪木・・・なんだっけ?探し求めて?」
清野「はい・・・『さがして』」
藤原「まあもうすぐ探し求めてどっか行くんですけど、そこにいなかったらどうしようかなと思ってね。上か下かね。猪木さんはね、夢の中でね」
藤波「夢の中出てきた?」
藤原「猪木さん下だと思うよ俺は(笑)よく四十九日っていうけど、それぐらいまでねよく俺、部屋で寝てるとね、ドアがバターンと開いたりするんですよ。『あ〜、来たなあ?』とかね。それからなんかやってるとチラチラチラとね。『あれ。今通ったな』とかよく。最近は出ないですけどね。それ結構、嬉しいですね」
藤波「そういうシーンとかやっぱり猪木さんを想像するんだね。僕もなんかいろいろ家の中でドアにバーンとぶつかったりねえ、色々『痛い!』と、そういう痛い思いをするとやっぱ猪木さんを思い出しますからね」
藤原「よく殴られたもんねえ」
藤波「ああもうふたりともねえ」
清野「プッシュアップバーで殴られた思い出が」
藤原「あれね、よけちゃうといけないんですよ。よけると滑るから、パカっと切れるんですよ。ね、長く切れるよね、結構ね。よく血出してたね試合前に」
清野「思いがけずアントニオ被害者の会が生まれてしまいました」
藤原「でも恨むことないよね一回も。ぶん殴られて『ありがとうございました!』今だったらとんでもないよね」

清野「そういうところも猪木さんの魅力というかね。今回は伯山さんが巌流島の戦いのところを講談で表現されましたがあの撮影は伯山さん、大変だったんじゃないですか」
神田伯山「大変。でもあれ騙されたんですよ僕。ちょっと騙されたような感じで。とにかく時間がね、雨のとき駄目だっていうんですよ。とにかく雨が降ったらあのロケは全部終わりだって言うんですよ。なぜかですねスケジュールが梅雨の時期なんですよ、あれやらされたの。『もう駄目じゃん!』と思ってね監督に伺ったらもうとにかくもう1日からずっと雨降ってまして、たまたま奇跡なんですよね、その日だけちょっと雨が降らなかったんですよ。朝はちょっと降ってましてでも四隅に篝火を焚いて、白いマットの上に講釈台を置いてやるってなったときに、ようやくそこでパア〜っと光が出て、しかももう時間がないんですよ、4時間ぐらいで全部撮らなきゃいけないんですけど、とにかく急げ急げなんですけどとにかくその島の周りを船が回遊してきたり、ちょっと『船待ちだ!』とか何かあと篝火がちょっと落ちちゃったりして、『薪を燃やせ!』とか、襟が乱れてたり、講談がつっかえたり、時間との勝負なのに常に何かを待ってて、最後一、二分で奇跡的に撮れましたよね」
和田監督「そうですね。もうそれ以上撮れないというところでちょうど終わりました」
神田伯山「だから本当に何か縁というか、上手いこと頑張れて撮れたんで、良かったな。ただ講談がそんなに画として持たないから、もう本当にバサバサ切っていただいて短く短くして、もう猪木の試合とか藤波さんとか藤原さんのインタビューを多めにしてくださいって言ったら、思いの外長くて(笑)しかも演出ももっとパンとやるって言ったのに結構そのまま流してるんですよ。大丈夫だったかなと思って。
和田監督「切れないんですよやっぱ」
神田伯山「いやいや、切ってくださいよ。だからそういう意味で言うと僕は光栄ですけど、ちょっとのファンの方大丈夫だったかな猪木さんのファンはってちょっとその心配はありますけど」
清野「巌流島で実際にやるっていうのは監督のアイディアなんですか」
神田伯山「ですよね?」
和田監督「伯山さんに出演していただくことが決まって、どういった形ができるか、どういった場所で例えばどういったお話聞けるかってことを多分お話しに行ったんだと思うんですけど、ただやっぱり『講談をしていただく』っていうお願いは、やはりできないと思ってたんですね。なんで、巌流島でお話を聞くとかってことは、おそらくご説明したと思うんですけど、そのときに、伯山さんの方が自ら『この作品でもし自分が出るんだったら巌流島で講談をやるのがいいんじゃないか』っておっしゃってくださって、そのまま乗っかりました」
神田伯山「あー。やっぱちょっと猪木さんのね、追悼の映画でもあると思うんで、なんかいい加減なことできないなと思って、僕のできるのって講談しかないので、拙いながらも一生懸命じゃあやらしていただこうってそんな感じでした」
清野「でも実際に現場に行かれるとやっぱりあの日の試合、1987年の10月4日の試合みたいなものが頭の中にぐるぐる巡ったりとか、何か猪木さんと自分が重なる瞬間があったりとかいろんな思いが頭を巡ったんじゃないですか」
神田伯山「まさに猪木さんが暗がりの中で消えていく模様みたいなのが、僕もやりながらですね、カメラの方が『こんな暗くちゃ撮れねえなあ』って言ってんですよ。猪木さんが帰っていくところとちょっと何か僕の中でオーバーラップして。暗くなってたじゃないですか。何かちょっと重なる感じがちょっとあって、たまたまなんですけど、光栄ないい瞬間でしたね」
清野「でもいろんな奇跡というかミラクルが重なって撮り切れたわけですよね」
神田伯山「だからもう本当に嬉しいっす。雨降ってたらどうなったのかなと思って(笑)」
清野「でも名作ってのは大体そういうミラクルが起きるんですよね」
藤波「雨が降ったら降ったで・・・(※オフマイクでつぶやくように)」
神田伯山「雨が降ったら降ったでぐちゃぐちゃ・・・そんなこと言わなくていいじゃないですか!撮れたで終わってるんですよ。ありがとうございます、言っていただいて・・・」

清野「和田監督に聞きたいのが、やっぱり今回いろんな映像がたくさんあって、材料がたくさんあって、100分に収めるのが大変だという話がありましたよね。どういう風に優先順位を付ける、何に気をつけて100分に収められたんですか」
和田監督「仕上げのときに作っていく中で気を付けたのは、あんまり情報を与えすぎない。情報っていうのは、『何年に誰とどういう因縁があってどういう意味で戦った』とかっていうのをできるだけ減らして、猪木さんの闘う映像の強さだったり、迫力だったり、また今回出演してくださった方々のインタビューの言葉の強さだったり猪木さんを語る際の表情だったり、そちらを優先して、できるだけ情報を減らす、そういう意味では例えば試合の映像とかもあまり何年の誰との試合とかっていう情報を減らしてるので、不親切な部分もあると思ったんですけど、それよりもまずこの100分の中では、その映像の強さ言葉の強さを優先するってことを、意識はしました」
清野「本当の1個1個の材料、福山さんのナレーションだったりとか楽曲だったりとか、安田顕さんのインタビューあったりとかもう本当にてんこ盛りといいますか、材料すごい豪華ですもんね」
和田監督「そうですね、あんまり構成が整って綺麗にやるってことを意識しなかった部分もあって、本当に面白いもの強いものをどんどん重ねていこうと思っていました。それがまとまっているかどうか。藤原さんが先程『まとまっている、まとめた』とおっしゃってくださいましたけど、本当にまとまってるかわからないんですけども、なんか見終わって、何か感じるものがあればいいなと思って作りました」

清野「今度は三原監督にも伺いましょうかね。ドラマパート、これはやっぱり市井の人の代表として、ある1人の男性の人生を描いたということなんですが、演出するにあたっては、どんな点に気をつけられました?
三原監督「まずこれね、プロデューサーと最初に企画でいろんなアイディア出し、どんな人たちの物語にしたらいいだろうかっていうので、結構50近くは作ったんですよ。いろんなエピソードを、そっから削ってこう落としていって、これはやろうかあれはやろうかっていうので、女性が主人公のバージョンとかもあったりとかね。いろんなネタが、やっぱり猪木さんから力を得て、いろんな勇気をもらった人たちのエピソードっていっぱいあるんですね。そっから落として落として結局この三つを選ばさせてもらったんですが、その中でも今回レストランでね、田口さんとか後藤さんがやってくださって、それがすごく新鮮で。なんか普通のドラマじゃない新鮮な面白さがありました、撮ってるときに」
清野「田口さんも後藤さんも演技素晴らしかったですね」
三原監督「もう自然なね、なんかこう『演じてくぞ!』とかえらいことなるん違うか?と思ったんですけどお二方すごくキャラクターがぴったりはまって良かったです」

清野「藤波さんはいろいろ証言する立場でご出演されていまして、旗揚げの地のね、大田区総合体育館に行くとやっぱりいろんなこと思い出したりしたんじゃないですか。会場は変わってますけども」
藤波「はい。そうですね。もう会場はね、旗揚げの当時とはちょっと変わりましたけどね。でも本当にあのときはもう新日本プロレスの旗揚げを控えての中でね、あんときの猪木さんの険しさっつうのかな。日本プロレスからずっと共にしましたけど、やっぱ新日本の旗揚げのときっていうのはあのときの猪木さんの怖さっていうのは未だにこう、目に焼き付いてますからね」
清野「藤波さんにとっては猪木さんの怖さっていうのは印象的なんですね?」
藤波「そうですね。だから僕もね、あれだけ横浜で猪木さんとね、60分戦った仲だけど、やっぱりプライベートの猪木さんとよく蕎麦屋さんに行くとね、こうやって猪木さんと一緒に蕎麦を食べるんですけどね、やっぱり横にいると、直立不動だね」
藤原「蕎麦好きだったね」
藤波「好きだったね。横にいると背中に汗がツーと流れるんですよ。プライベートはやっぱ話せないんだね。若い頃の猪木さんのファンの当時の俺がもとに戻っちゃうんだね」
清野「藤波さんほど長くそばに居られる方でもまだファンの気持ちを持ち続けてるってすごいですね。藤原さんはいろいろお話をされてて、特に・・・」
藤原「僕もファンです。猪木さんの。はい。僕は蕎麦じゃなくてもっぱら酒をご一緒させていただきました」
清野「結構急に呼び出されたりとかしたんですよね」
藤原「よく呼び出されました。もう事務所にいて、『おい、6時までに六本木来い』『いやあ、これからうちに帰ってシャワー入って着替えて、タクシーで7時頃になります!』『7時じゃだめだ6時半に来い!』しょうがないから急いでいって6時半。『はあ間に合った』と思って行ったら、『お前早すぎるんだよ。7時でいいって言ったじゃないか!』って。いつも楽しかったですよ」
清野「やはり猪木さんに対してはもう『はい!』って言うしかない感じだった?」
藤原「はい、そうですね。酔っ払ったふりして、ちょっと反抗したりね。するとちゃんと子守してくれるんですよ」


清野「元新日本プロレスのレスラーの方が猪木さんのことを何て呼ぶかっていうのにすごく興味があるんですけど、藤原さんはお会いしたときに直接何と」
藤原「『猪木さん』ですよ。で、ちょっと酔っぱらって、『アントンって呼んでも良いですか』『ああ、いいよ』って。すごいなんかね、なんていうのかな。もうプロレスラーのアントニオ猪木はものすごい怖い人だし、すごい人なんだけど、あの私生活ではものすごい鶴見の少年がね、そのまま大きくなったような純粋な方で。だよね?(※藤波へ尋ねるも返答なし)・・・なんだよ!浮いてない?そういう素晴らしい方でした」
清野「藤波さんは猪木さんのこと何と呼んでいたんですか」
藤波「僕はもうずっと最初からずっと猪木さんですね」
清野「社長ってずっと呼び続けている方も」
藤波「いろいろ場所場所によってね多少社長であったり、会長であったりとかね。アントンとは言えなかったな」
藤原「アントン」
藤波「アントンって言えなかったなあ」
藤原「いやあ、そう?俺酔っ払ったフリして言ってたよ」
藤波「まあでも僕らも散々猪木さんの怖さを言いますけどね、怖い中にもね、ちょっとあの・・・」
藤原「優しい」
藤波「優しいところあるんだよ。寂しがり屋だったね。だから人が大勢だと、すごいやっぱり機嫌が良いっていうのかな」
清野「1人だと逆にね」
藤波「付き人やってたんでね。どっかやっぱ寂しさ感じた部分があったね」

清野「あとはね、試合シーンがふんだんに使われていまして、伯山さん試合シーンの迫力ってすごかったですね」
神田伯山「僕やっぱり今の日本は元気とか、やる気とか、そういうものを求めていると思うんですよ。この映画が一番ふさわしいんじゃないかなと思って、やっぱり猪木さんがスクリーンで見られるだけで元気もらえるんですよね。だからやっぱりもういろんな方のインタビューも素晴らしいし、僕も一生懸命講談やりましたけど、やっぱり猪木さんの試合。これを大スクリーンで。たまんないっすねやっぱりね。本当に元気をいただけるっていう。だから弱っている今日本だからこそこの映画を見て、みんなちょっと何でしょう。やっぱ奮い立たしていただけたら最高じゃないかと思いました」

清野「本当プロレスファン的には知りたいのは猪木さんの好きな試合、みんなそれぞれあると思うんですけど、藤波さんは猪木さんの好きな試合っていうと、何になるんですか」
藤波「僕はもう日本時代からね。ドリー・ファンクの試合もそうだし、新日本プロレスなってからね、タイガー・ジェット・シンとの死闘もあるし。まあ僕は個人的にね、先ほどから何度も言ってるけど横浜だよね。60分僕は猪木さんを独り占めできたんで、それがもう僕の中のね、一番いい試合だったね。へへへ」
清野「もう一番幸せな瞬間ですよね。藤原さんはどうですか」
藤原「アクラム・ペールワンですね」
清野「同行されてましたもんね」
藤原「はい。あのですね。クロケット場なんで、広いんですよ。もうお客がずーっと並んでて、で猪木さんがアクラムの腕ボキっとやったらね。もうお客は総立ちなんですよね。軍隊がずっと居たんですけどね、銃持って。お客さんの方にこうやるんですよ(※銃を構えるポーズ)あ、この中の1人に変なやつがいていう、後ろ向いたら猪木さん殺されるわと思って、こうやったんですよ(※盾になるポーズ)そしたら猪木さんは『まあ待て待て待て。ダー!』やってたんです。そしたらお客さんが、急にシーンとなったんですよ。あれなんでだろうと思ったらさ、アッラーの神のあれなんですよね。アッラーの神の・・・(※ダー!の手を挙げるポーズが神の姿に見えた)」
清野「イスラム教の」
藤原「そうそうそう。そしたら、お客さんが、うん、やっぱり仲間だみたいな、何かあったんでしょうね。シーンとなってね。悪運強かったですよ」
清野「だから『ダー!』の力ですごいですよね」
藤原「そうそうそうそう」

清野「暴動を収めたっていうね。あと映画の中で猪木さんの言葉というのはいろいろ出てきて、言葉の力というのはクローズアップされますが伯山さん、猪木さんの言葉で何か好きな言葉、力をもらった言葉はありますか」
神田伯山「もちろんいっぱいあるんですけど、結局ですねやっぱ何を言うかっていうよりも誰が言うかが大事で、猪木さんほど行動したりとか、面白おかしくですねこの侘び寂びを含めて全部体験されてるのをおすそ分けしていただいてるイメージなんで、なんかその人に魅力があるから、何も気ない言葉でもありがたい気はしますよね。だからなんか結構猪木さんもダジャレで滑ってるときあるんですよ。でもなんか、ありがたいと思いますなんか。派手にうまくいかないときもすごくウケているときも、全部の猪木さんっていう方自身魅力があるから、どの言葉っていうよりも、猪木さん自身が発することを聞いて、ただ僕らは『あ、楽しい!嬉しい』と思うという。何か言葉をちょっと超越した感じの存在のイメージはありますね」
清野「藤波さんはいかがですか」
藤波「猪木さんまあいろいろ残してますけどね。いろんなことをやってきた方だから、いろんな猪木さんが言うような、口癖で言う、『馬鹿になれ』っていう。まあ僕なんか賢くないくせに馬鹿になれないんだよね」
清野「藤原さんはいかがですか猪木さんの言葉」
藤原「コロナが流行ったころにね、猪木さんが言ったんですよ。『これにな、特効薬があるんだ』『え、コロナビールですか』『ちぇっ、面白くねえな。』先に言ってやったよ、『コロナビールですか』って。『面白くねえなあ』って」
清野「猪木さん言おうとしてたっていうね、そういうのをひっくるめて伯山さん、やっぱり何か超越しているというかね」
神田伯山「そうですね、楽しいっすよね。国立競技場か何かで猪木さんがヘリから降りてきたことあったじゃないですか、K-1の。パラシュートで降りてこられてスカイダイビングで、なんか第一声なんか猪木さんが何言うのかなって10数万の観衆が聞いたときに、なんて言ってましたっけ猪木さん?」
清野「バカヤロー!って」
神田伯山「なんかね変な感じになったんですよ。その言葉じゃないみたいな。結構そういうふうに、猪木さんってウケたりウケなかったりされるのも全部チャーミングで、なんか嬉しい、なんか素敵だなと思いますよね」
清野「言葉に本当に励まされてきた方多いと思いますが、この“言葉”に関しては和田さんいかがですか」
和田監督「今年の3月に猪木さんのお別れ会がありまして、そのときポストカードいただいたんですけど、そのポストカードに猪木さんがちゃんとチャンピオンベルトを巻いて、右手を突き上げてるポストカードに『道はどんなに険しくとも笑いながら歩こうぜ』というのがあって、それはずっと今回、作品の取材をして仕上げ、制作をしてるときに、ずっとその資料の表紙に置いて、最終的に笑えれば良いなと思ってやりました」
清野「まさに映画作りなんかは本当に険しい道がいっぱいあったと思うんですけど、その言葉があったらやっぱり頑張れるっていうのありますもんね。三原監督いかがですか」
三原監督「劇中でもあったんですが、『お前はもう何怒ってるんだ!』ってありますよね。あれは僕らものを作る上で何に僕らは怒りを覚えて、感じて物を作ってるんだということの、すごい礎になるような言葉でしたので、あれは今回映画のときに和田さんが使われててね、改めて本当に胸に響きましたね。何をもって僕らは怒りをもって映画を作るんだろうという言葉が響きました」
清野「映画を作るときもやっぱり怒りを持って、作られているということですか」
三原監督「はい」

清野「猪木イズムですよね、ある意味で。猪木さんの言葉の力というのも映画でしっかり伝わったんではないでしょうか。以上をもちまして完成披露試写会は終了となりますが、やはり最後の最後はですね、アレで締めないとね、締まらないと思います。猪木さんの映画ですから、最後は皆さんと一緒に『1,2,3,ダー!』で、締めくくりたいと思います。このご発声に関しては藤波さんにお願いしたいと思います。ただ普通のダーじゃなくて、ここでまた写真を撮りますんで、壇上の皆さん右手上げたまましばらく、止まったままで恐れ入りますが、よろしくお願いいたします。皆さんも準備よろしいですか。ダーは1回しかやりませんからね。じゃあ藤波さん」
藤波「これはファンのみなさんもご一緒に」
清野「ご一緒にです」
藤波「じゃあご唱和お願いします。我が永遠のアイドルアントニオ猪木に感謝を込めていきます!『1,2,3,ダー!』」

(※司会清野が登壇者の退場を促すと、会場からは「猪木!猪木!」とコール)

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