みんなメイウェザーの手のひらの上にいた
【文/フリーライター安西伸一】
昨年の大晦日、『RIZIN.14』で行われたフロイド・メイウェザーと那須川天心のスペシャル・エキシビションマッチは、多くの物議を醸した。
確かに、これほどまでにプロボクシングに近いルールなのにもかかわらず、グローブハンデをつけたというものの、リングで対峙させるというのは、真面目にプロボクシングと向き合ってきた人にとっては、あってはならないことと言えた。
でもこれは、再三メイウェザーが言っていた通り、エキシビションなのだ。しかも、引退して腹に肉がついているとはいえ、メイウェザーはまだまだ動ける。さらに体重が重く、ボクシング技術が圧倒的に秀でているのは、エキシビションが行われる前からわかっている通り、メイウェザーなのだ。
つまりメイウェザー側には、試合を完全に支配できる自信があったし、勝つときには天心にひどい後遺症が残るような大きなダメージを与えて勝つのではなく、やさしくそっと、母親が子供をあやして寝かしつけるにように、マットに沈める自信があったのではないか。
決して全力で振り抜くパンチで、顔面やアゴやテンプルを打ち抜くのではなく、天心が倒れてくれればいい、という力加減で打てば良い。軽く当てるだけでも、的確な場所を打てば、体重差がものをいう。
そのことを分かった上でリングに立つことをメイウェザーは承知したのだから、何度も「これはエキシビション」と、しつこいぐらい言っていたのではないだろうか。
「オレが本気でやったら、大変なことになるよ。それがわからないの?」
それを言ったら失礼だから、遠回しに「エキシビション」であることを強調していたような気がしてきた。
RIZINを見てきた者なら、誰もが天心の、たぐいまれなる強さに魅せられてきたはずだ。だから天心に、大きな夢を託してしまった。せめてメイウェザーをヒヤッとさせてほしい。天心なら、それができる! あわよくばダウンを取って……と。
そして実際、天心のパンチはメイウェザーをハッとさせたように見えた。そしてメイウェザーは、天心を倒しに来た。
天心が起こす奇跡を信じる人、自分の信じるプロボクシングを汚されたくないと思う人、危ないと指摘する人……。様々な感情を抱いた人の目が注がれたRIZINのリングは、とにあれ世界の格闘技ファンに話題を提供し、国内でも国外でもRIZINの知名度は上がった。
そして天心は、そのための捨て駒にされたわけでは、決してない。完敗したけれど、批判もたくさんあったけど、それでも、悪いことばかりではなかったと思うのだ。この経験を、天心なら活かすことができるはずだ。
メイウェザーの現役時代、とうとう日本では地上波でその雄姿を見られなかった。アメリカでの知名度に比べたら、日本での知名度ははるかに低かったのが現実。でもRIZINへの登場でメイウェザーのことを知り、このエキシビションマッチを見た視聴者の中には、ボクシングは手わざの打撃の芸術だと、改めて感じた人がいたかもしれない。
メイウェザーを、多くの日本人が注目する時間帯の地上波で紹介できた。これが良くも悪くも、競技化を目指さないRIZINのダイナミズムなのだろう。