【インタビュー】”愛媛プロレスの若きエース”ライジングHAYATOが伝統工芸のベルトを掲げ全国へ!「地方にも良いものは絶対ある!」

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 2016年4月2日に"愛媛発のご当地団体”として旗揚げされた『愛媛プロレス』。当初は元・博報堂のプロレスラー三富政行が社会人プロレス団体としてプロデュースした団体であったが、現在はキューティーエリー代表のもと地域に根ざしたプロレス団体として成長を続けている。
 そんな愛媛プロレスのエースとして活躍しているのが、19歳のライジングHAYATO選手。四国統一ヘビー級初代チャンピオン、四国統一タッグ初代チャンピオンと二冠王に輝き、現在は愛媛のみならず東京の団体などにも積極的に参戦を続け愛媛プロレスをアピールしている。

 団体と県を背負う若きエースに、プロレスラーになったきっかけや愛媛への思いを聞いた。

――まず、プロレスラーになろうと思ったきっかけは
「元々、男なんで格闘技全般好きで、色んな総合とかK-1とかを見ていて、ある日突然格闘技好きの友達から『すごいのあったよ!』と葛西純さんと伊東竜二さんのカミソリ十字ボードデスマッチの試合を見せられて、バルコニーダイブを見ちゃったんですよ。人って、あの高さから落ちたらケガしたりとか死んだりすると思うじゃないですか。でも、飛んでその後も普通に試合を続ける姿を見て、人間の枠を超えていると言うか、その超人性にすごく心を惹かれて、『自分もこういう人間になれたらいいな』って思ったのをきっかけに始めました」

――プロレスを始める場として愛媛プロレスを選んだ理由はなんだったのでしょう
「高校生のとき、高校卒業したら東京に出て、団体にこだわりは無かったので、どこかの団体に入ってプロレスで食べていけたらいいなと思っていたんですけど、高校二年生の終わりの春休みに地元にプロレス団体が出来るという噂を聞きまして、プロレスはしたいですし、どこの団体でもプロレスが出来たら良いかなと思っていたので、それだったら地元の人たちに応援してもらって、地元の人達の前でプロレスをしたいという気持ちから愛媛プロレスに入団しました」

――愛媛プロレスとはどういう団体なのでしょうか?
「愛媛プロレスは、“プロレスで愛媛を元気にしていこう”というプロレス団体で、お母さんが子供に見せたいと思うプロレスっていうのを心がけています。アンパンマンショーとか、そういうポジションを狙ってます。基本的にはイベントプロレスで無料の興行が多いです。クライアントからお金を貰ってお客さんにはタダで見せるという形です。自主興行と言うか、お客さんからお金を取る試合は年に二回しかしないです。それ以外は全分無料でやっています」

――お客さんにチケットを買ってもらうスタイルよりは、スポンサーの協力を得てお客さんに無料で見せていきたいと
「一番最初にメインスポンサーに付いて頂いた三福不動産さんなんかは、いきなりなんの形も無い団体にお金を出していただいて、しかもリングまで買っていただいたんです。そこの社長さんの人間性が大きくて、どんなことを聞いてもフラットな意見を言える方で、エリー代表とかが相談に乗ってもらってていつも助かっています。 
 あと、ネクスポイントさんは愛媛プロレスの忘年会とかを全部主催で開いていただいていて、愛媛プロレスで使っているオレンジ色のテントがあるんですけど、そういった色んなものも提供していただいています。愛媛プロレスの敏腕マネージャーもネクスポイントさんの社員さんです。愛媛プロレスの興行は基本休みの日に行われるんですけど、リング設営とか人が足りない時とかも社員さんが休みの日に来ていただいてリング作っていただいたりするんでホントお世話になってます」

――HAYATO選手から見て、愛媛プロレスとはどういう団体でしょうか?
「最初はプロレス団体なんで『すげぇシゴキとかがあるのかな』って思ったんですけど、みんな最初素人から始まって、プロレスが出来るのは三富(政行)さんしかいないという状況で。三富さんも教えるときは優しく教えてくれる方で、結構アットホームな感じでしたね。そして代表のキューティーエリーさんがしっかりされている方なので規律もあって……なんて言うんですかね。“昭和の家族”みたいな。温かいけど規律があるというか、お父さんみたいな人がいて、お母さんがみたいな人がいて……っていう。僕は多分、一番末っ子みたいな感じでいつも代表におんぶにだっこな感じで迷惑掛けっぱなしですけど(笑)やっぱり、愛媛プロレスの団員は愛媛への愛がどこの団体よりも強いんじゃないかとは思いますね」

――そうした環境で育ち、デビュー戦を迎えたときの感想は
「練習生のときはデビュー戦だけを目標にやっていたんで、何しても気持ち良い試合って言ったら変ですけど、リングでお客さんの前に立つのも初めてだったんで、対戦相手だった三富さんとも初めて試合のリングで対峙するので、その恐怖感とかもあったんですけど、僕の中では最高のデビュー戦でしたね」

――技術的な指導者である三富選手が団体を離れてからは誰に指導を受けているのでしょうか?
「今はPSYCHOさんに見ていただいています。普段PSYCHOさんは東京におられるので、こちらに参戦して頂く際には前日に来ていただいたりとか、『試合どう思いますか?』って自分らの試合の動画をPSYCHOさんに送って見ていただいて、色々ご指導をいただいたりとかという形でやっています
 それまでは一選手としては三富さんの教えが全部って感じだったんですけど、今はPSYCHOさんを中心に様々な方に教えてもらってはいて、各試合で先輩が色々と反省点とかを教えてくれます。師匠不在ということで、色々な人のプロレス観であったりとかをより吸収出来るようになりましたね。毎回毎回『この先輩が師匠だ』と思ってお話を全部しっかり聞くようにしています。今は全ての先輩が師匠ですね」

――そんなHAYATO選手も現在は四国統一ヘビー級初代チャンピオン、四国統一タッグ初代チャンピオンと二冠王に輝くまでになった訳ですが、そこに至るまで苦労したことは
「僕はとにかく身体が大きくならなかったんです。レスラーの中では小柄な方なんですけど、一日七食くらい食べて、それでもなかなか大きくならずで。それでも入門から20kgくらいは大きくなったんです。元は骨と皮みたいな感じだったんで(笑)」

――小柄な選手ならではのファイトスタイルを確立していったということでしょうか
「今は基本的にミサイルキックとかはするんですけど、あまり飛ばずに蹴りとか使います。延髄斬りとか、トラースキックとか、ジョンウーとか。身体が小さいので、手の力だけじゃ勝てないから蹴りを磨いています」

――シングル、タッグともにHAYATO選手が保持していますが、団体内でのベルト争奪の空気はありますか
「愛媛プロレスって、全員年齢がバラバラで10代から50代までいるような団体なんですけど、初期メンバー全員が同期なんですよ。結構上の世代の人はあんまり感化されてない人もいるんですけど、一番感化されてるのは副代表でもあるバッファロー吉田って人が『若造にベルト獲られた』じゃないですけど、すごい燃えてます。週7くらいでトレーニングやって『ベルト獲ったるぞ!』みたいな感じですね。今はタッグのベルトも出来て、一緒に獲ってるんですけど、やっぱりシングルのベルトが欲しいみたいで」

――地元のテレビ・ラジオに出られることも多いと思うのですが、ベルトを持っているとやはり反応は違いますか
「田舎なので、単純にご飯とか食べに行ったらそこの大将とかが『コイツ四国のチャンピオンなんだよ』ってお客さんに紹介してくれたりすることが異常に増えましたね(笑)サイン書いたりとかもたまに(笑)」

――チャンピオンになって東京の団体にも出るようになっていますが、東京の選手たちもチャンピオンだからと当たりが強かったりはしますか
「なにかにつけて『チャンピオンだから』って言われることは多いですね。東京に出てきて負けられないというか、『愛媛のプロレスのレベルこんなもんか』って思われたくないなっていう気持ちは結構強いです。地元から出てきて東京でプロレスされている方はスゴイと思いますけど、地元にいるからプロレスがちゃんと出来ないと思われるのがホントに嫌なので、そのへんはプライドを持ってやってますね」


――HAYATO選手が持っている二本のベルトは和風というか、伝統工芸のようなものに見えますが、どういうものなのでしょう
「シングルの白いベルトは、愛媛県の名産・砥部焼で作られています。池田富士夫さんという高名な職人さんに作っていただいて、革の部分も本革で、愛媛の革職人さんに作っていただいています。全部愛媛産で作っていただきました。白い革っていうのもあまり無いみたいで、色々こだわっていただきました
 タッグのベルトは、木の部分は愛媛産の杉を使っていて、鉢合わせの喧嘩神輿のときに付ける喧嘩札の加工技術で作っていただきました。革の方も、シングルのベルトとは違う方ですけど、革職人さんに作っていただきました」

――同世代と戦うことが多いと思うのですが、ライバル視している選手や憧れの選手などは
「ライバル視と言うのかは分からないですけど、群雄割拠に出てるメンバーですかね。 ダブプロレスの木下(亨平)さんであったり、イーグルプロレスの香取(貴大)さん。あと、道頓堀プロレスの菊地(悠斗)選手が全く同い年で誕生日も一緒なので負けたくないと思っていますね。キャリア的には全然先輩ですけど」

――今後対戦してみたい相手は
「ダブの木下さんとか、会って話すことはあるんですけど試合で全く絡みがないんですよ。青木(雄基)さんとはあるんですけどね。木下さん、すごい評判がいいじゃないですか。その技術とかを肌で感じてみたいと思いますね」

――今後、他団体に出る機会を増やしていきたいですか?それとも自分たちの団体を盛り上げていきたいですか?
「結論から言うと、愛媛プロレスのレベルアップもしたいけど、そのために愛媛プロレスの知名度も上げたいです。僕が色んな団体に出て知名度も上げていきたいですけど、最終的な目標は愛媛プロレスのレベルアップです」

――キューティーエリー代表に対する印象は
「基本的にディーバで出てもらうことが多いですね。シングルとか他団体参戦時とかにディーバに付いてもらっているので。すごい優しい方です。団員みんなのお母さん的な感じですかね。ここだけの話なんですけど、僕の身体がでっかくならないんで、そのために増量飯みたいのを持ってきてくれたりしてくれます。『ほら!身体おっきくするために食べな!』って感じで、タンパク質と炭水化物いっぱいのご飯を作ってくれたりとか。本当にありがたいですね。イメージとしては、一番お母さんのイメージが強いです」

――愛媛プロレスの道場はあるのでしょうか?
「道場は空港の近くの工業地帯の一角を間借りしているんですけど、練習は十分に出来ても道場マッチとかは出来ない場所なんで、近々道場マッチが出来る環境への移転を考えています」

――最近の試合数や頻度はどれくらいでしょう?
「5月とかは多くて……リング無しの路上が2興行、リング有りが4興行くらいですかね。コンスタント月に最低でも2興行くらいは愛媛でさせていただいています。今の所、減速するかと思いきや結構声をかけていただいているんです。現時点で決まっているだけで去年の試合数を超えてるので、これからも毎週のようにやっていきたいです。愛媛はエンタメが少ないので、毎週のように試合をさせていただいて、みんなを盛り上げていきたいです」

――愛媛に見に来てくれたお客さんで、一番遠方から来た人はどこから
「結構『東京から見に来たよ』って人は増えてますね。九州とか大阪とかからも来て頂いてるんですけど、特に東京から増えていますね。僕が東京の団体に出させてもらってるんで、『ちょっと気になって見に来たよ』っていう方であったり、東京の選手が参戦してくれるときに東京のお客さんも来るというのもあります。あと『水曜日のダウンタウン』とかメディアで取り上げていただいた影響もあると思います」

――そういった方のために愛媛の名地・名産などの紹介を
「道後温泉とかですかね?…すみません、僕が普段の生活で道場・ジム・家しか行かないもので(笑)食べ物だと、じゃこ天、鯛めしとかですかね。鯛めしは、愛媛県民は自分で作るより美味しい店で買って帰る感じですけど。遊びに行くのも商店街とか瀬戸内海……あっ、海には結構行きますね。エリーさんも船を持たれているので、一回連れてってもらったことがあります。海で遊ぶことが多かったですね。恋人の聖地とも言われているふたみシーサイド公園とかもあったような」 

――恋人の聖地での甘い思い出は
「全く無いです(笑)全くモテないですね(笑)田舎だから、金髪が怖いイメージというか……基本的に直接話しかけてくれる人は居なくて、通り過ぎたあと『あっ、ライジングいる』みたいな感じです。金髪は話しかけづらいんです…」

――プロレスの話に戻りまして、今の決め技やオリジナル技などは
「しまなみドライバーというのを作って使っています。結構昔からプロレスラーになりたいと思っていたので決め技・フィニッシュ技はなににしようかって考えてたんです。好きな選手が三人いて、葛西純さん、HHHさん、CMLLのルーシュさん。三人ともダブルアームの体勢の技を使われるんで、自分が使うんだったら絶対ダブルアームからの必殺技を作ろうと考えて、ダブルアームで一回上げて、半回転させて落とす技になりました」 

――今後の目標や狙いたいベルトなどは
「やっぱり今は、地方でも東京でも、どこの団体でも、色んな団体に出たいというのがあります。色んなリングに上って、その空気感を肌で感じてみたいと思います」

――それでは、最後にファンに向けてメッセージをお願いします
「やっぱり、世の中では“良いものは東京に集まってる”というイメージが有ると思うんですけど、地方にも良いものは絶対あるわけで、東京の方にも一度東京が一番だって固定概念を捨てていただいて、地方には地方の良いものがあるし、東京より素晴らしいものもあるかも知れないよ、という気持ちで一度愛媛プロレスを見に来ていただきたいです。その後、『やっぱり地方はちょっと』と思われるのか、『やぱり地方はスゴい』と思われるのかはおまかせしたいですけど、一度とにかく見ていただきたいです」

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