【インタビュー】REBELS.52のメインでISKA世界バンタム級王座に挑む小笠原瑛作が胸中を語る!「僕は負けて強くなった。『負けキャラ』の希望になりたい」(前篇)

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 9・6 REBELS.52(後楽園ホール)でキャリア初のメインイベントを務める小笠原瑛作(クロスポイント吉祥寺)。
 抜群のルックスと「現役美大生キックボクサー」として注目を浴びる小笠原瑛作だが、ここに至るまでの道のりは決して平たんではなかった。

「意外と知られてないですけど、僕はアマチュアでデビューから10連敗した『負けキャラの瑛ちゃん』でした(苦笑)。プロになってからも大事な試合で負けたり、何度も挫折しましたけど、コツコツと努力を続けてここまで来たんです」

 小笠原を10年間指導してきたREBELS代表でクロスポイント吉祥寺の山口元気会長は言う。

「瑛作は『天才』ではないですけど、努力を継続する才能があります。今、ジュニアで勝てない子供たちの『希望の星』だと思うし、この1年で急成長しましたけどまだ成長過程にある。今、軽量級キックボクサーには実力のある選手が揃っていますけど、もしかしたら『伸びしろ』は瑛作が一番かもしれない」

 急成長を続ける最注目の軽量級キックボクサー、小笠原瑛作とはどんな選手なのか。
 現役ムエタイ王者ワンチャローンをKOするという快挙を達成した6月の試合や、これまでの足跡、そして現在の胸中に迫った。

<ワンチャローン戦、激闘の末の勝利>
 誰もが驚く快挙だった。
 6月17日のKNOCK OUTで小笠原瑛作が予想だにしないKO劇を演じた。相手は現役のルンピニースタジアム認定スーパーフライ級王者、ワンチャローン・PKセンチャイジム。ムエタイ王者と倒し倒されの大激闘を展開し、小笠原が戦闘不能に追い込んで5ラウンドTKO勝利を収めたのだ。
「ギリギリの勝利でした」
 小笠原は試合開始のゴングと共に得意のパンチ&ローキックで攻め込んだ。
「最初からパンチとローで攻めたら『効いてる』という感覚があったんです。さすがにワンチャローンは顔に出さなかったですけど、ちょくちょくそういう感じが伝わってきて」
 開始から1分半で最初のダウンを奪い、さらにギアを上げて攻め込んだが無情にも3分間が終了。1ラウンドKOの目論見が外れて、小笠原は動揺する。
「『1ラウンドで倒し切れる!』と思ったんですけど、仕留められませんでした。1ラウンドが終わった時は、スタミナを全部使っちゃった~、と焦りましたね(苦笑)」

 山口会長「コーナーに戻ってきた時、みんな『これは村越(優汰)戦のパターンか?』と思ったんです。最初から飛ばして、仕留めに掛かったのに仕留め切れず息が上がってしまった。本人も弱気な顔になってましたね」

 息も整わないまま突入した2ラウンド。ワンチャローンは猛然と反撃に出て、息の上がった小笠原にバックブローを打ち込んでダウンを奪い返した。
「あのダウンで『終わった』と思った人もいたでしょうね。会場に来てたお父さんは、僕の性格も知ってるし『いつものパターンだ』と頭をよぎったと言ってました。自分でも『1ラウンドであれだけスタミナを使って、あと4ラウンドも動けるのか』と不安な時にダウンしちゃって(苦笑)。ヤバい、と」
 2ラウンドが終わり、インターバルでコーナーに戻ってきた小笠原に、山口会長は「3ラウンドは自分から攻めるな」と指示を出す。

 山口会長「瑛作の頭の中は『早く倒さなきゃ!』だけだったので、一度落ち着かせたんです。自分から攻めずにジャブを突いて、ローを蓄積させて、一度しっかりと作り直せ、と。そうしたら落ち着いたんです」

 3ラウンドに小笠原がペースを取り戻すと、4ラウンド開始直前、山口代表がこの試合を決めた「ひとこと」を言う。

 山口代表「セコンドのみんなは『気持ち、気持ち!』と叫んでいたんですけど、気持ちの勝負になれば数々の修羅場を経験してきたワンチャローンの方が強いですよ(笑)。
 どうしようかと思った時、瑛作が『自分大好き』なことを思い出して(笑)、瑛作に『怖い顔をしろ。自分は大丈夫だ、全然疲れてないぞ、と強い自分を演じろ!』と。それがハマりましたね」

 小笠原は「強い自分を演じろ!」の言葉で、再び闘志を奮い立たせた。
「元々、演劇を大学で学んでて、自分のことが好きですし(笑)、試合では入場から『格好いい自分』を演じるというか、僕は人に何かを見せるのが好きなんです。『リング上では格好いい自分を見せる』っていう理想像があって、会長に『強い自分を演じろ、相手を睨んでいけ!』と言われて、バチン、と気持ちが入った部分がありましたね」
 4ラウンドの途中、それまでローキックを蹴り続けてきたダメージで自分の足を痛めるアクシデントもあったが、ここで小笠原は攻撃をパンチ主体に切り替えて、ワンチャローンからダウンを奪うことに成功。
 さらに、5ラウンドに小笠原が渾身のローを叩き込むとワンチャローンの足が動かなくなり、陣営はタオルを投入。小笠原は現役ムエタイ王者、それも軽量級の王者をキックルールでKOする快挙を成し遂げた。

 この勝利は、単なる1勝ではない。10年間、キックボクシングに打ち込んできた集大成と言えるものだった。
「小学5年にクロスポイント吉祥寺に入会して、会長やタイ人の先生から教わってきたムエタイの技術で勝てたことは大きいですし、嬉しいですね。今まで教わってきたことが本場のタイの選手に通用するんだ、と証明できましたし、自信にもなりました」

 山口会長は「3ラウンドで立て直せたこと」を高く評価する。
 山口会長「これまでなら失速して負けたパターンでしたけど、あそこで踏ん張れたのは高橋(ナオト)さんから教わったパンチや、和田(良覚)さんや野木(丈司)さんのフィジカルトレーニングの成果だと思いますよ。瑛作はどんどん詰めていけば詰めていくほど伸びる子だと分かっているので、より良い練習環境作りは惜しみなくやってきて、その成果を見せてくれましたね」

 小笠原は言う。
「あまり知られていないんですけど、僕はアマチュアで全然勝てなくて『負けキャラの瑛ちゃん』と言われてたんです(苦笑)。ジュニアのタイトル歴を見て『小笠原君は鳴り物入りで上がってきたんでしょ?』と言われるんですけど、全然そうじゃないです。だから、今、ジュニアで勝てない子がいたら、コツコツと努力していると、いつかムエタイのチャンピオンにも勝てるよ、と伝えたいです。『天才』ではなくても、努力を積み重ねたら勝てるようになる、と僕が見せていきたい」

<負けキャラの瑛ちゃん>
 小笠原がクロスポイント吉祥寺に入会したのは小学5年。兄弟喧嘩で3歳上の兄(裕典。現WBCムエタイ日本スーパーバンタム級王者)に勝てず、見返すために近所のクロスポイント吉祥寺に入会した。
「試合に出るつもりは全然なかったです。試合に出るのは怖かったので(笑)。
 元々、武蔵野市という土地柄もあるんですけど、ヤンキーがいないんです(笑)。街中でトラブルになったこともないですし、友達同士で喧嘩になりそうになったら『そうだよねー』って相手に合わせます(笑)。平和に生きてきたので、格闘技で必要な『勝ちに行く』という気持ちが元々なかったんです。
 (山口)会長に『試合に出たらディズニーランドに連れていってあげるよ』と言われて、アマチュアの試合に出たんですけど、やっぱり気持ちの強さもなくて、最初は全然勝てなかったです」
 アマチュアではいきなり10連敗。だが、それはクロスポイント吉祥寺の育成方針も関係していた。
 山口会長「ウチの方針は、ジュニアには『試合に勝つための練習』ではなく、まず『楽しんで、続けること』が第一と考えています。僕はスパルタに対してものすごく抵抗があるんです。
 好きだからこそ、大人になってからも続けられると思うんで、瑛作にも『気にするなよ、今は体が小さくて負けてるだけだから』と言い続けました。基本の技術を身につけておけば体が同じぐらいになれば勝てるよ、と」

「続けることって大切ですよね。何よりも続けられた理由として、楽しかったし、強制で『やれ』と言われてやってたわけじゃないんです。お母さんは『逆に、どこまで負け続けられるのか、記録を伸ばしてみなよ』って言うし(笑)。お父さんは格闘技大好きですけど『辞めたかったらいつでも辞めていいよ。でもお前がやることは応援するよ』って。試合で負けると『負けちゃったねー』って、車の中でどんよりしながらも『いつか、お前が勝ってチャンピオンになったら、漫画になるようなストーリーが出来るんじゃね』って。今、僕がこれだけプロで勝つようになって、お父さんも嬉しいんじゃないですか(笑)。
 だから、嫌な気持ちではなかったですね。ジムに行けば、先輩たちが『おお、瑛作来たかー』って迎えてくれて、可愛がってくれましたし。辛いことも一杯ありますし、負けたらボロクソに言われて、この『ガラスのハート』が割れる時もありますけど(笑)。でも、格闘技をやってて、気持ちも強くなってるのかな、と思うことはありますし」

 それにしても勝てなさすぎるな…。
 連敗街道を走る瑛作少年を見て、山口会長は一つのアドバイスをする。
 山口会長「基本的な技術は高いのに勝てないから一度試合を見に行って『昔の俺と同じだな』と思って『サウスポーに変えてみな』と言いました。右対右だと体の大きな相手の圧力に押されますけど、サウスポーで強い左ミドルを蹴れば圧力を押し返せるんで。瑛作はサウスポーにしてから勝ち出して、ジュニアのタイトルを獲るまでになったんです」

 また、この時期にジュニアで活躍する選手との違いを見て、山口会長は「瑛作は天才型じゃない。じっくり育てよう」と決めたという。
 山口会長「瑛作の場合、極端に小さくて体格差で勝てなかったですけど、天心君は体格差も克服して勝ててしまう。特に、天心君は空手で大きな子とバンバン試合してきてますし、彼が中学生の時、高校生の瑛作と体格差あっても普通に押してましたからね。彼はやはり天才です。天才が努力してるんだから、これ以上強いものはないです。
 でも瑛作は天才ではない。だから、一つ一つコツコツと努力して、積み上げていくしかないんです。プロになってからも連勝して『自分は元から強いわけじゃない。努力で強くなってきた』と忘れてしまった時、コロっと負けてしまう」

<武器は「素直さ」。指導者が変わると、試合のスタイルも変わる>
 小笠原自身、自らが「努力型」であることを自覚している。
「僕の場合、本当に階段を一歩一歩上がってる感じがあって。天心とか今のジュニアのチャンピオンはドーンとひとっ飛びする『天才』ですけど、僕はひとっ飛び出来るタイプじゃなくて、一つ一つ積み重ねきて今があるんで。アマチュアで10連敗して、その後もすべて良かったわけじゃないです。プロになってからも気持ちの部分や技術や体力面で一杯負けを経験してきましたから」
 15歳でプロデビューしていきなり9連勝。だが、そこで待っていたのは「塩試合の瑛作」という批判だった。
「10戦目まで『お前の試合は本当に面白くない。KO出来ないし、塩だな!』って言われ続けました(苦笑)。首相撲が得意だったので『近づくとすぐ組み付く。お客さんも身内もシーンとしちゃったよ!』ってイジられて、勝っても『ミスター判定』でした(苦笑)。先輩たちに『いつか倒すコツが掴めるようになるよ』と言われても『本当にそんな日が来るのかな?』と思ってました」

 そんな「塩試合」の時期も小笠原の成長のためには必要だった、と山口会長は言う。
 山口会長「瑛作の良さは素直さで、その都度、教えられたことをしっかり身につけてきたんです。トレーナーがパノントンレックという膝主体の選手だった時は、首相撲主体の選手になり、パヤックレック(ターちゃん)に代わると完全にフィームー(テクニシャン)。前蹴りを蹴って、距離取って。
 トレーナーが今のウーさんになると、前に出てパンチとローです。完全に変わってしまいますけど、首相撲が出来て、フィームーで距離が取れて、パンチとローで倒せる。歴代のトレーナーと一緒に、瑛作は今の自分のスタイルを少しずつ作り上げてきたんです。
 それにプラスして、高橋ナオトさん(ボクシング元日本2階級王者)に教わると急にパンチが良くなり、和田さんや野木さんのフィジカルトレーニングで体も強くなった。瑛作の最大の良さは素直さと吸収力。それを考慮に入れるともの凄い可能性を秘めた子だな、とつくづく思いますよ」
 
 この「素直さ」、小笠原自身の感覚は「人の目を気にするから」だという。
「人の言葉とか、すごく気にするタイプなんです。学校では『いい生徒』でいたいし、両親には『いい子供』でいたいから頑張るし、友達にも『お前、いい友達だよな』と言われたいからいい友達でいるし(笑)。
 ツイッターとかも変な発言して嫌われたりするのは嫌なんで、そこらへんは慎重です。ジムでも、会長が僕のことを見て何か話してると『なんて言ってるんだろう?』って気にして、練習を滅茶苦茶頑張ったり(笑)。
 だから、タイ人の先生に教わる時は気に入られたくて、先生の教えを忠実に守ってやってきたのはありますね。最初の先生に首相撲を徹底して教えられて『塩漬け』の試合をして、二人目の先生にテクニックを教わって、会場も『上手いね~』という反応で。今のウーさんには気持ちの部分で『倒せ!』って。で、倒した方が会長もウーさんも両親もファンも喜んでくれる。その辺から『倒す意識』で試合をするように変わってきましたね。
 
○プロフィール
小笠原 瑛作
所  属:クロスポイント吉祥寺
生年月日:1995年9月11日生まれ
出  身:東京都
身  長:170cm
戦  績:29戦26勝(14KO)3敗
タイトル:REBELS52.5kg級王者

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