1.14 あの伝説のワンマッチから30年…運命のリマッチ!藤波辰爾VS木村健悟~スーパープレミアムトークバトル~

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『藤波辰爾VS木村健悟~スーパープレミアムトークバトル~』
日時:1月14日(土)
会場:浅草・東洋館
開始:18:30
観衆:200人(満員)

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『スーパーレジェンドシリーズ』と題し『藤原組25周年イベント』などを開催してきたチームフルスイング主催による第7弾『藤波辰爾VS木村健悟~スーパープレミアムトークバトル~』は、『あの伝説のワンマッチから30年…運命のリマッチ!』と冠されたキャッチコピーのとおり、1987年(昭和62年)1月14日後楽園ホールで開催された日本プロレス界初ワンマッチ興行『藤波辰爾(当時:藤波辰巳)VS木村健悟』からちょうど30周年を記念してのトークバトルによるイベントである。

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リマッチとして選ばれた会場は、渥美清をはじめ萩本欽一、ビートたけし等、数多くの大芸人やコメディアンを輩出した浅草老舗の演芸場『東洋館』。良き昭和の香りを残す建物外観や場内・客席は、まさに昭和後期の一時代を彩った藤波辰爾、木村健悟、両雄を迎え入れるにふさわしい舞台となった。

満員御礼!200名収容の客席の空気が熱気に包まれた18時30分。会場内にファイブカウントゴングが打ち鳴り響くと同時に昭和の歴史を彩る緞帳が上がり、いよいよ開幕!

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まずは、特別レフリーとしてトークバトルを仕切るユリオカ超特Q氏が80年代金曜夜8時お茶の間を釘付けにした『ワールドプロレスリング』のテーマ曲で入場。リングアナのコールとともに舞台上手『青コーナー』からは、当時の入場テーマ曲『ビューティフル・フライト』に乗せて『稲妻戦士』木村健悟が入場すれば、下手『赤コーナー』からは『炎の飛龍』藤波辰爾が87年限定で使用されたテーマ曲『Rock Me Dragon(ロック・ミー・ドラゴン)』で入場。懐かしい一連のテーマ曲とこだわりの選曲に、客席からは「おおお~」という感嘆の歓声とともに「健悟~!」「藤波~!」の掛け声があがる。まさに『あの』30年前を思い起こさせる演出。藤波、木村両者の固い握手をきっかけに『60分一本勝負。運命のリマッチ!』トークバトルがスタートした。

藤波が「寒波の押し寄せる中、ご来場いただき誠に有難うございます」というベビーフェイスならではのスタイルでご挨拶。それを受けた木村が開口一番「元気ですかぁぁ~!」と『闘魂ご挨拶』をパクるが、無情にもマイクがオフに…。歴史ある演芸場の舞台に相応しい『つかみ』で場内は爆笑に包まれ、木村の現役時代さながら『(思いもよらない)奇襲攻撃』が炸裂した。
以降、木村が攻撃ならぬ『口撃(ボケ)』を仕掛け、藤波が『受ける(ツッコミ)』という攻防で進行。IWGPタッグ王座やWWFインターナショナル・タッグ王座でのタッグ・パートナーでもあった当時を彷彿するような息の合ったテンポの良い二人のトークに、客席からは「藤波とタッグで健悟も現役復帰したら?狙うは…M-1王座で!」の声も。現役時代さながらのレスリングスタイルを踏襲する両者のトークバトルで、会場は終始熱く盛り上がった。

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トークバトル前半戦は、今回のメインテーマである1987年1月14日のワンマッチ興行に至った経緯や背景についてから始まり、ユリオカ特別レフリーの「あの試合、クッションが効かない固いマットだったんですよね」のフリに…
藤波「当時、猪木さんが始めた異種格闘技の試合と同じ仕様にしたんだよね」
木村「リアルな試合が展開できるっていう意味では大歓迎だったね」
藤波「で、(固いマットを想定して)ジャンプ式のパイルドライバー決めてきたでしょ?」
木村「それでも、耐え抜いたんだからさぁ。やっぱ、藤波ってすごいよ」
と、異種格闘技戦と同扱いの体を張った真剣勝負であったという舞台裏ネタを明かした。

熱気を帯びたトークは中盤戦にさしかかると、話題は二人のメキシコ修業時代のエピソードまでさかのぼった。
「海外嫌い!特にメキシコ苦手!!(笑)」という木村に対し、藤波の「海外大好き!」という対照的な両名であったが「環境は当然のこと、レスリングのスタイルも全く違うという点でもメキシコ修業は過酷だったが、新日本プロレスのスタイルである『相手のすべてを受けて、相手の良さを引き出したうえで勝つ』というストロングスタイルだけは守り通した」という部分において共鳴しているのは、新日の遺伝子を強く有する二人ならでは。

後半戦は、『必殺技の開発裏話』や『当時リリース販売したレコードにまつわるエピソード」』などを展開。
藤波「カルロス・ホセ・エストラーダに初お披露目で決めた『ドラゴン・スープレックス』は、ぶっつけ本番だった」(1978年1月、ニューヨーク、マジソン・スクエア・ガーデンでのWWWFのジュニア・ヘビー級タイトルマッチにて)
木村「故ブルーザ・ブロディを粉砕した必殺技『稲妻レッグ・ラリアット』は、当時ワールドプロレスリングの実況アナウンサーだった古館一郎氏の名実況から生まれた名前でした」
と、数々の逸話が飛び出し、木村の「藤波の歌唱曲『マッチョ・ドラゴン』は、単なる雑音だったね!」という『トライアングル・スコーピオン』ばりの必殺トークが繰り出されると、藤波は「版元のレコード社が潰れた原因になったのかも???」ともはやギブアップ寸前。

会場内の熱気も最高潮を迎えた頃、60分経過の終了ゴングが鳴り響いた。いまだ両者決着のつかない状態にユリオカ特別レフリーから『10分延長』の裁定が下り、トークバトルは延長戦へ突入。

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延長戦では、『質問コーナー』として来場客も参観してのトークバトルへ。
「(伝説のセメントマッチ)ウイリアム・ルスカVSイヴァン・ゴメス戦を関係者として目撃した二人にとって、バリートゥドという格闘技をどう思うか? 」
「86年の新日とUWFの対抗戦は(当事者のレスラーとして)どう感じていたか?」
「IWGPタッグ王座当時の対戦相手とのエピソード(苦手な対戦相手、本当に強いレスラーについて)は?」
など、延長戦は『藤波辰爾&木村健悟VSファン・来場者』という様相で、遠方から足を運んだファンから沢山の質問に、さしもの『イナズマ(木村)』『ドラゴン(藤波)』両コンビも終始押され気味となった。

「今、一番すごいレスラーは誰だと思いますか?」という質問におよぶと、
木村「正直いませんね!(笑)。技の技術は向上しているし、レスラーの身体能力も向上しているが、パフォーマンスとしてではなく『気持ち(感情)』を前面に押し出しているレスラーを見かけなくなってしまった。本当の意味でのストロングスタイルのプロレスを見たい!」
藤波「私たちの若い頃は、日常とプロレスが境目なく共存していた。日常生活がプロレスそのものだという泥臭くて熱い気持ちが必要」

木村「(プロであればこそ)夢と希望を与えるレスラーになって欲しい」
と、現役・若手・未来のプロレスラーらに熱く思いのこもったエールを送ったのをきっかけに『運命のリマッチ!』終了のゴングとなった。
熱気冷めやらぬ客席からの要望でさらに5分の再延長に突入し、藤波・木村両氏の『締めのご挨拶』『記念撮影会』と続きトークバトルは大盛況のなか幕を下ろした。

【取材コメント】

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藤波辰爾
「今日は健ちゃん(木村健悟)のワンマンショーみたいになってしましたが…笑。このような機会を設けて頂きありがとうございました。今年はデビュー45周年を迎えて、4月の東京を皮切りに大阪、福岡と記念イベントを開催予定です。まだまだ現役レスラーとしてもプロレス界に貢献してゆきたいと思いますので、30年前のワンマッチ同様熱い応援のほど宜しくお願い致します。」

木村健悟
「ワンマッチから30年経った今でもこうした記念の舞台に立てる事、ファンの皆様に深く心に残せた試合が出来た事は、当事者として誇りであります。同時に『昭和のプロレス』というものが皆さんに今もしっかり根付いている事を大変嬉しく思います。猪木さんをはじめとする我々『昭和のプロレス世代』もさらなるプロレスの発展に向けて、皆様とタッグを組んで歩んで行きたいと思いますので今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。」

イベント主催「チームフルスイング」利根川代表
「歴史ある『東洋館』の舞台では初!?となる異例のプロレスラーの登壇となりました。30年前の伝説のワンマッチ興行もプロレス界では初だった事を考えると、藤浪辰爾(辰巳)選手、木村健悟選手にはそういった星の巡りやご縁があるのだと思います。本日のトークバトルによるリマッチでも、お二方の息のあった(会話の)コンビネーションをとおして新日本プロレスのストロングスタイルの真髄を垣間見ました。ご来場の皆様も一体となって会場全体でトークバトルを盛り上げて頂き主催者として、いちファンとして、感慨無量の一夜となりました。」

トップ写真提供:(c)山内猛

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