【超RIZIN】朝倉戦の前も後も、筋の通った発言に終始。今回のメイウェザーは会見場でも魅力的だった
(文/フリーライター・安西伸一)
私の知る限り9・25『超RIZIN』に来日したフロイド・メイウェザーは、共同会見の場では、ごくごく常識的な考えしか述べず、紳士的な態度で会見に臨んでいた。(公開練習自体には遅刻してきたが。)
前回の那須川天心戦のあとは、試合後にコメントを残すかどうかわからなかったが、そのときは結局コメントブースに軍団と共に現れ、ひとり着席した本人が一方的に英語で喋り続けて、会見は終わった。あいだに通訳による翻訳が入りながらだったが、それはまさに独演会だった。
二ヤけて話しているように感じたが、そのときも話している内容は、筋の通ったものだった。
「これはエキシビションだ。したがってテンシンも無敗のままだ」
今回の来日では、自分が前回の日本で(例えば試合場に遅れて来場するなど)わがままに振る舞っていたような報道もされていたのを知っていたのか、それはわからないが、取材陣に一問一答で話す際は表情もりりしく、内容はじつに誠実で、大会の前日会見での振る舞いもキチンとしたものだった。
「とにかく私は日本を楽しみに来ているし、このエキシビションがどうなるか、その経験を楽しみに来ています。というのも現役のプロ生活、12ラウンドを闘っていた時には、日本とかドバイとかで試合をすることはありませんでした。自分は世界中を旅しながら試合がしたかったけれど、プロとしてのほとんどの試合はラスベガスだったり、アメリカのほかの都市でした。自分のファンは世界中にいます。彼らに向けて、生の自分を見せたいという思いは強くありました。中国、日本、オーストラリア、ロンドン。世界を回って、自分のパフォーマンスを見せたいのです。引退してもまだ体も動くので、フロイド・マ二ー・メイウェザーを、生身で動けるうちに見てもらいたい。そういう気持ちから、こういうエキシビションをおこなうようになりました」
「自分はエリートの中のエリートという意味で、ずっとこのスポーツ、アートに対して、身を注いできました。20年以上、トップでやってきました。並々ならぬ努力と、練習量と、パフォーマンスで有名になってきました。ひとつのものに対して全てを注ぎ、それに対して、全ての時間を犠牲にしてまでやってきた結果、ひとつのアートを極めたのです。1987年から現在まで、このスポーツに身をささげてきたので、今の自分があると思っています」
もう引退しているのだから、厳しい、身を削るような闘いはしないと、宣言もしている。
「自分はこの競技から引退した身であって、エキシビションでこれ以上、体に余分なリスクは負いません。この先は自分がやりたいことをやって、やりたいものを選んで、楽しく世界中のみんなにエンターテイメントを届けるというスタンスなんです」(試合後の会見より)
プロボクシングは過酷なスポーツだ。グローブをしての手による打撃の振動が、(ボディへの攻撃もあるとはいえ)頭部に集中する。頭がい骨のなかの髄液に浮かぶように存在する脳が揺れて、内出血を起こすこともある危険な競技だ。懸命に闘った結果、死に直結することだって、現実にある。
頂点を極め、それを長年維持したメイウェザーが、45歳になり、シビアな闘いの舞台から降りていたって、誰も文句は言えない。
「楽な相手と、自分に有利なルールでエキシビションをして、楽に大金を稼いでいった」と非難する人もいるかもしれない。
でも、人生のすべてをささげて勝ち得た、ナンバーワンの座から降りているのにもかかわらず、それでもエキシビションとして呼ばれるべき存在だから、呼ばれているのだ。そしていざゴングが鳴れば、じゅうぶんに格闘技ファンを魅了する動きを見せてくれている。
日本のたくさんのマスコミが記事を書き、たくさんの格闘技ファンが動向に注視し、たくさんの経済効果が生まれる。まさにメイウェザーは、スーパースターだった。
朝倉未来とのエキシビションについては、試合後に正直に語っている。
「自分はもう“プリティーボーイ”のメイウェザーでも“ザ・マ二ー”のメイウェザーでもない。そういう動きはできないが、フロイド・メイウェザー・ジュニアというものを、少しでも肌で感じてもらうことができて、満足してもらえたと思う」
「本当だったら2週間前に来日して時差に対応することもしたかったけれど、今回はそういう調整もうまくいかず、基本的には3時間しか寝ていないし、今日も3時間ほど前に起きたんだ。言い訳をするつもりはないが、少し体の動きが悪かったのは確かだ」
最後は苦々しげに話した。時差ボケが体にくると鉛が入ったように重くなり、自在に動かなくなるもの。海外渡航の際など、経験した人ならわかるはずだ。
「本当に自分は経験から、対戦相手と向き合っているだけで、試合中にデータを集めることができる」
「最初の方は自分は軽い打撃を当てて様子を見ていたけれど、彼はだいぶ強い打撃で返してきた。なので自分もボディに2発、強めの打撃を与えて『そっちがそのつもりならこちらも打つぞ』とメッセージを送った。それを続けても、彼は舌を出したりニコニコ笑っていた。『ああ、そういうことか』と。『いつまで続くかどうか、やってみるか』という気持ちで試合をした」
朝倉が受けたボディへのパンチは、本人的には効かなかったようだが、結果的にそれは、朝倉の注意を下へも分散させる、オトリ、エサになったのかもしれない。
2ラウンドになると、ノーガードでメイウェザーは前へ。最後のメイウェザーの右ストレートはグンと伸びて、朝倉の右耳のあたりにヒットした。三半規管にダメージを負い、めまいを起こしたのだろうか。ふらついて、朝倉は力なく、しゃがみこんでしまった。
総合格闘技の試合では、見慣れないようなダウンシーンだ。でも、これがボクシングなのだろう。そういえばUFCでホイス・グレイシーはよく、ガードポジションを取りながら、相手の耳あたりを殴っていた。耳が効くと知っていたからだ。
そして、フットワークとパンチだけが許される、スタンディングバウトで闘ったら、プロボクサーは圧倒的であるという、あたりまえの事実だ。しかもすでに天心戦のときの動きで、メイウェザーがまだまだ異次元と呼べる技術を維持しているのは明白。体重差があったのに、朝倉が理想として思い描いた展開には、まったく届かなかったはずだ。
公式記録には勝敗はつかないものの、結果は惨敗。これでは、朝倉よくやった、と言われても、朝倉は喜べないだろう。
朝倉は大会前まで、常に強気の姿勢を崩さず、発言で盛り上げてきた。それはプロとして、正しい選択だったはずだ。
でも、エキシビション後の朝倉の、最後の方のコメントが印象的だった。
「会場に来てくれた方もそうですし、PPV購入してもらって応援してもらった方、たくさんいると思っていて。で、なんだろう。結構、すごい“実力差”のあるマッチメイキングだと思うんですけど。その中でも応援してくれた方、ありがとうございました」
それは、やっと強大な圧力から解放された者の、静かな本音のように聞こえた。
メイウェザーが今回の来日で、マスコミの前で口調をヒートさせたのは、大会前日のメイウェザーの会見場に、マニー・パッキャオがやってきて、どちらが世界最高のプロボクサーかで、突然言い合いになったときだ。
パッキャオ「僕の方がまだ若いので、いつも練習しているし、僕は唯一、世界で8階級を制覇したチャンピオンです。別にこれは自慢ではなく、メイウェザーさんに覚えておいていただきたいことです。やっぱり本当のボクサーとは、思いやりと、人を助けることだと思います。それが僕のボクシング人生です」
メイウェザー「本当に自分はここに、人の悪口を言いにきているわけでもないし、個人的なことに口出しするつもりもないし、そういうためには来ていません。今、何が起きているのか。ザ・ベストが常にザ・ベストでいる。そういう現実を自分は体現しにきています。百年前、三百年前、色んなものを含めても、ベストはたった一人しかいない。それは自分です」
穏やかだった会見場にパッキャオが現れると、空気が一変。それだけでも緊張感が走ったのに、話し出すと2人にスイッチが入った! 世界最高峰の王者だった2人は、今でもヒリヒリする関係にいた。
ああ、この選手たちの現役時代の試合を、日本でも見たかった。そして、日本の多くの人に見てほしかった。
きっと日本の格闘技の人気も、いまとは変わっていたと思う。