【会見全文】『THE MATCH 2022』で那須川天心と闘った武尊が腰の分離すべり症、パニック障害、うつ病を告白し無期限療養に伴うK-1世界王座返上「復活する姿を見せることが僕の次の戦い」
27日、都内某所にて6月19日の『THE MATCH 2022』メインイベントにて那須川天心と対戦した武尊が記者会見を行った。
天心vs武尊戦のスタートはRIZINが旗揚げされた2015年にまで遡る。
Krush58kg級王者であった武尊がKrush55kg級王者であった大雅との王者対決を制して世間の注目を集めると、RISEバンタム級王者となった天心がK-1の会場に現れ「RIZIN大晦日で戦いましょう」とラブコールを贈ったことで両者の対戦の可能性が生まれた。
ファンは当然この頂上対決に熱い期待を寄せたが、それぞれ違う組織の象徴たる2人の対戦は当事者間だけでは決められるものではなく、様々な“大人の事情”によって実現には至らなかった
しかし、2020年の大晦日RIZINに武尊が現れて天心と抱擁を交わし「来年に実現させる」という決意を表明。“大人”たちも実現に向けた動きを見せ始め、ついに2022年6月19日に世紀の一戦が実現。
武尊は惜しくも天心に判定負けを喫したものの、互いに大きなものを背負い、互いが互いをリスペクトしながら行われた一戦は多くの感動を呼び、その経済効果は約50億円とも言われる。
試合後にも言葉少なに去っていった武尊だが、世紀の一戦から約1週間経ったこの日、初めて公の場に姿を見せてその胸中を語った。
武尊
「こんにちは。今日はたくさんお集まり頂きありがとうございます。先日、那須川天心選手と東京ドームで試合をさせてもらって、試合には敗れてしまったんですけど、沢山の人に会場に来ていただいて、東京ドームで超満員のお客さんの中で最高の相手と最高の試合をさせてもらって、本当にこの試合を実現することが出来て、ああいう舞台で現役の間に最高な場所で最高の試合をさせてもらえたことを、本当にファンの皆さまと関係者の皆様と、対戦相手の天心選手、僕に関わってくれたすべての人達に感謝したいと思います。ありがとうございました。
試合が終わってから1週間ありましたけど、試合後にインタビューもまともに受けられず、僕の口から応援してくれてる皆様に御礼を言うことも出来なかったし、今回の試合、ホント、沢山の人に注目してもらってこうやってたくさんの媒体の方にインタビューしてもらえる機会も試合後に作れなかったので、今日改めて会見を開かせていただいたんですけど、この試合が終わってからの数日っていうのは、僕の中で色んな思いがぶつかり合って、毎日気持ちも変わるし、気持ちが落ちることもあったし。そんな中でもホントに仲間だったり、友達だったり、お世話になってる人たちだったり、そういう人達と時間を過ごして、ホント試合終わってからSNSでもすごいたくさんのコメントを頂いて、ファンの人達からの言葉を、インスタだけでも1万件以上のコメントを頂いて、ホント初めての経験で、試合が終わってからホント、全然1日1~2時間くらいしか寝られない次期が続いていたんですけど、その間もコメントだったりメッセージだったりも全部読ませてもらって、そういう人たちの言葉を聞けば聞くほど、僕の揺れ動いていた気持ちっていうのが、すごい救われた部分もあったし、SNSにも書いたんですけど、試合が終わったときに、花道で帰るときに、僕の中のイメージでは勝者と敗者がいて、敗者はスポットライトを浴びずに勝者がスポットライトを浴びて、敗者は静かに帰るイメージだったんですけど、花道にたくさんのファンの人達が集まってきてくれて、僕の中では応援してくれてる人たちだったり、信じて付いてきてくれてる人たちだったり、皆様に申し訳ない、結果で返すことが出来なくて不甲斐ない気持ちでいっぱいだったんですけど、あそこでファンの人達に言われた言葉が『ありがとう』って言葉をたくさん頂いて……。なんか、それが、そのときのことはホント僕は一生忘れないなと思うんですけど、あのときにもらった『ありがとう』という言葉が、今までこの10年勝ち続けてきて、勝ち続けてきたんですけど、そのときのどんな『おめでとう』よりも嬉しくて、そのときにもらった言葉だったり、その後も、ホント沢山の人に『ありがとう』という言葉をもらえて、この10年間勝ち続けてきた中で、僕が気付けなかったことだったり、知れなかった部分を知ることが出来て、勝って報われることは出来なかったんですけど、沢山の人からもらった『ありがとう』という言葉が、どんな勝利よりも僕は報われたなって思えたんで、ホントに応援してくれてる人たちだったり、あのとき『ありがとう』って言葉をくれた人たち、その後のたくさんSNSだったり、実際にお会いしたりしてみんなから頂いた言葉っていうのは、僕の中の大切な財産としてこれからも生きていきたいなっていう風に思いました。
ホントに、そうやって言ってもらったから、僕も1つ決心することが出来て。正直、試合に負けたときは悔しさもあったし、『これで終わりだな』って気持ちもあったし。だけど、やっぱり心の何処かで『悔しいから絶対やり返したい』って気持ちもあったし。なんか、ホント、色んな気持ちになったんですけど、この10年、10数年やってきて、ホントに僕のファイトスタイル的にも身体を酷使する闘いをしてきたし、公表してない部分でも色々怪我に悩まされてた部分があって、それも含めて、今回1回格闘家として歩みをストップさせてもらって、1回休養をさせていただこうかなと思っていて。この後のことっていうのは僕も整理ができてない部分もあるし、決められてない部分もあるんですけど、本当にたくさんの人に言葉を頂いた中で、ホント勝ち続けてるからこそ僕の存在価値があって、K-1の代表として闘い続ける価値があると思っていたんですけど、負けてしまった僕に対しても変わらずに応援してくれる人たちだったり信じて付いてきてくれる人たちがまだたくさんいて、毎日のように『辞めないでください』『引退しないでください』『これからもずっと応援します』『一生応援します』って言葉をホントたくさんたくさんいただいて、その言葉をもらったことで僕も1つ勇気を振り絞ることが出来るっていうか、正直ホントこの10年はちょっと無理しながらでも、怪我とか体調だったり、そういうのを無理しながらでもやってきた部分があって、今回負けたときも『この後無理してでも絶対リベンジするまでやってやる』って思ってたときもあったんですけど、そういう人たちの言葉をいただいて、1回僕の心と身体のコンディションっていうのを正常に戻して、そこからもう1回、新しいチャレンジが出来たらなという気持ちでいるので、1回ここで僕は闘う舞台からは離れようと思うんですけど……そうですね……(※深く息を吐きしばらく間を置く)。本当にたくさんの人たちの支えがあって、今があって、その人たちのおかげでもう1回チャレンジする気持ちにもなれているので、前向きな意味で1回休養をさせていただこうと思っています。
理由としては、公表してない部分で怪我が……まあ、拳の怪我はずっとあったんですけど、拳以外にも、腰が数年前くらいから腰が分離すべり症っていう病気になってしまっていて、一時期ホント普通に運動も出来なくなったり、寝ることも出来ないくらい重みとか、下半身のしびれとか、力が入らなくなったりする麻痺みたいな状態もあったりしていて。あと、拳も1回手術したんですけど、そこからまだ完治せず、試合をやるごとにまた腱の断裂をしてたんですけど、そこからもまた腱が外れてしまっている状態で、数年前からずっと骨が外れている状態でだましだましやってきたところもあったんで。あとはヒザの外側靭帯、前十字靭帯を損傷してしまっていて、それも数年前からあまり良くなかったので、そういう部分、1からちゃんと治して、この機会にしっかり治していきたいなというのと、これは公表するか悩んだんですけど、数年前から精神科の方に通わせていただいて、パニック障害とうつ病と診断されて。その部分っていうのは昔からでもあったんで、自分でもそこと上手く付き合いながらっていうのは出来てたんですけど、この試合、約1年くらいですかね。決まるまでで言ったら数年間ですけど、そこで自分の心が耐えられるのかなという不安もあったし、知らず知らずのうちに自分の心が壊れていっているのを感じていて。今回の試合前に、ちょっと体調が悪くなった時期があって、そのときに今の格闘家としての人生だけじゃなくて、僕のこれからの人生を考えたときに、まずは一旦これを治さないと、この後の人生が壊れてしまうと思ったんで、このタイミングで1回……という部分も全部、心と身体を治せるように治療させてもらって、最高な心と身体でまた戻って来ることがこれを公表する理由としても、同じように苦しんでいる人がたくさんいるし、心の問題だけじゃなくて、病気だけではなくて、怪我もそうだし、同じ怪我とか病気で苦しんでる人ってたくさんいると思うんで、そういう人たちに僕がまた病気や怪我を克服して復活する姿を見せることが僕の次の1個目の次の戦いかなと思ってるんで。なので、まずはその闘いにしっかり勝って、また元気な姿をみんなに見せられるように必ず復活したいと思うんで、まずはその闘いを応援してくれたら嬉しいなと思います。
休養はさせてもらうんですけど、身体は今まで通り動かすし、出来るトレーニングもこれからもやっていくし、なにもやらないとそれこそ僕は気持ちが落ちちゃうと思うんで、できる限りのことだったり、少し時間が経ってからですけど、仕事とかもちょこちょこやりつつ、SNSも変わらずファンの人達に姿を見せられるようにやっていこうと思っているので、変わらず応援してもらえたら嬉しいなと思います。
もう1つ、報告させてもらいたいことというか、発表させてもらいたいことがあるんですけど、今回負けてしまって、K-1の大将としてK-1を背負って戦わせてもらって、今回の試合もK-1の代表として闘ったつもりだったんで、そのK-1代表としても負けてしまったってことは、僕はもうK-1を背負う資格はないなと思ってるんで、ケジメとしてこのベルトは返上させてもらって、次の世代にバトンタッチしたいなって思ってます。K-1があったから今の僕の人生があるし、K-1がなかったら僕はこんな素敵な人生を歩めてなかったと思うんでホント心から感謝してるし、感謝しているからこそ中途半端にK-1を背負いたくないし、あと僕がいることによって次の世代が光を浴びないっていうか、そういう部分もあると思うし、僕がいる間は次のK-1を背負う選手って出てこないのかなと思ってて、僕がいなくなる……という言い方はおかしいですけど、ベルトを返上して1回離れることによって新しいスターというか強い選手っていうのが出てくると思ってるんで、僕はもうそれを楽しみにして、復活したときにその選手と試合をやりたくなるかもしれないし。なので、一旦ホントにケジメとしてこのベルトは返上させていただきます。ホント、2012年ですかね。初めてKrushのベルトを巻いてから、約9年、1度もベルトのない日を過ごしたことがないので、丸腰になることは9年ぶり、10年ぶりくらいですかね。なので、最初ちょっと不安な気持ちもあったんですけど、たくさんの人がかけてくれた言葉で僕はこういう決心をすることが出来たので、そういう人たちに恩返しする意味でも、また必ず元気な姿で戻ってくるので、これからも応援してもらえたら嬉しいです。今日は本当にたくさんお集まりいただいてありがとうございました。ひとまず、デビューしてから11年くらい、僕に関わってくれた皆さん、応援してくれた皆さん、こうやって関わってくれる皆さんに心から感謝したいと思います。今日は本当にありがとうございました」
――休養後の復帰の際には、どのリングで、どのジャンルで、というプランはありますか。あくまでK-1なのか、他のジャンルも視野に入れているのか
「ホント、この1週間だけじゃなくて昔から考えていたことなんですけど、色々僕も新しい目標っていうか、目標が無いと試合をする意味もないと思ってるし、なにか活動するにあたってなにも目標がない状態だったら僕は辞めた方がいいと思ってて。なので、数日悩んだんですけど、ちょっと1つ、1週間経って僕の心の中ラ1つ目標が出来て、それはちょっとなにも形にもなってないし、まだなにも進んでいない話なのでここではまだ言いたくないんですけど、目標は1つ考えていることがあるので、それに向けても心も身体もしっかり治したいなと。体を治すにも目標が必要だと思ったんで、それを目標にしてこっからしっかり治していきたいなと思ってます」
――休養期間中のプランについて、故郷に帰るのか、海外に行くのかなど決まっていたら教えてください
「期間は決めてないし、トレーニングは変わらずできるところはやろうと思ってて。なので、そんなずっと表舞台から姿を消すわけじゃないと思うし、やれることは練習も仕事もやっていきたいなと思うんですけど、一旦海外の方に行って、いい意味で自分と向き合える時間を作りたいので、なるべく、こう……言い方はアレかもしれないですけど、人と関わらない生活っていうか、自分と向き合う時間を作るために1回海外に行って、療養しようかなと思ってます」
――天心選手との試合内容を振り返ってどういう感想を抱いていますか
「ホント終わったことなんでアレなんですけど、ホントあのときの僕の心と身体で出来る100%を出したんで悔いはないし、内容も振り返ることはやめようと思ってて。そうですね、あれが僕の100%かなと思ってます」
――改めて、天心選手への思いは
「ホント、天心選手がいたから、いたから苦しかったこともたくさんあったし、たくさんあったんですけど、天心選手がいなかったら僕はこの年齢まで格闘技をやれてないと思うし、どこかで満足するか燃え尽きるかしてモチベーションを保つことも出来なかったと思うし、約10年負けないで勝ち続けてこれたのも天心選手という存在がいたからモチベーションを落とさず強さを維持できたと思うんで。なんて言うんですかね、言葉では表せないですけど、同じ時代に、この闘いの世界の中にいてくれて本当に感謝しか無いです」
――今回の決断はどなたかに相談したのか、1人で決断したのか
「怪我の部分に関してはずーっと雅和さん(※KRESTの渡辺雅和代表)とも話してて、今回だけじゃなくて、2~3年前くらいからですけど、腰だったりヒザだったり、練習でも使えなくなった時期もあったし、今回の試合前に、雅和さんとか一緒に練習してる人たちだったり、また病院の先生だったりと相談して、このままだとホントに生活に支障が出ちゃう怪我でもあったんで。決心したのは試合2週間くらい前に1回歩けないくらいの状態になった時があって、右の蹴りが一切蹴れない状態で最後の2週間を過ごして。そのときにやっぱり、これ治さないと自分のやりたい闘いもできなくなるし、体調に関しても生活に支障が出ちゃうような状態になったときに、格闘家としてだけじゃなくて人としてちゃんとした……ちゃんとしたっていうか普通の生活が送れなくなるのは良くないなっていうのを思ったし、それは自分のためだけじゃなくて周りの人に迷惑かけちゃうことになるし。試合前は夜中に病院に運ばれたりしたこともあって、『自分だけの話じゃないな』って思ったときに決心しました」
――THE MATCHでは満員の東京ドームでの試合でした。ゴンドラで2人が入ってくるなど武尊選手と天心選手がかつてのK-1の世界を創り上げたと思いますが、それについて
「そうですね、ホントちっちゃい頃から見てた大好きな格闘技の舞台っていうのを、その舞台で試合できることは嬉しいことだったし、あれはもう1つの文化だと思ってて、それをまた今の時代にこの格闘技の素晴らしい部分っていうのを、たくさんの人に見てもらえたっていうのはすごく嬉しかったです」
――天心選手への感謝の言葉を述べられていましたが、もし機会があれば2人で話をしてみたいという気持ちはありますか
「いや、無いですね。まだ。それは多分お互い引退してからなんじゃないかな。天心選手はこれからもボクシングで活躍していくと思うし、同じ格闘界にいる間は、仲良くは出来ないかなと思います」
――リング上でお2人が話した内容について、なにを話したかを教えていただけますか。また、その後の変化はありましたか
「根本的な部分では変わってなくて、変わってはいないんですけど……あのときに伝えたことっていうのは、天心選手への想いの部分なので、そこについては変わってないです」
――試合前には『この試合に負けることは自分の格闘技人生を否定することになる』と仰っていましたが、試合後に“敗北”についての考えは変わりましたか
「今回の試合で学んだことってそこの部分で、ホント毎日負けることが怖くて、この10年間ずっと恐怖と闘ってたなと思って。だから格闘技大好きだし、試合も大好きなんで試合の時には笑って楽しんでるんですけど、それ以外の時間って苦しさと恐怖しかなかったなって。なんかそれって、心から格闘技を楽しめてなかったと思うし、苦しさとか恐怖に支配されてた自分っていうのが、それがあったから強く慣れた部分があるから無駄ではなかったと思うんですけど、今回こうやって約10年ぶりに負けて、そのときに知れたことっていうのは、ホントに僕の中ですごく大切なものに気付けたし、もちろん負けるのは悔しいし、今も負けた自分は許せないし。だけど、自分の歪んでいた部分だったり、負けに対してのネガティブな気持ちっていうのはちょっと変わったかなって思いました。これで1つ強くなれたんじゃないかなと思いました。負けるっていう、自分の中での価値観が良い意味で変わったんで、そこの恐怖がなくなった分、もっと思い切り闘えるんじゃないかなと思うし、多分これから僕はもっと強くなれるなって確信しました」
――那須川天心選手へ、『リベンジしたい気持ちがある』と言っていましたが、その勝負はなにかの形で続くのか。リベンジというのは天心選手へのものなのか、負けた自分に対してのものなのか
「この試合やるときに、『この試合は1度だけで2回やる必要はない』っていうのを僕は言ってて。だからこそ意味があると思うし。悔しいから試合の日、帰って、家に帰ったときにはその試合見ながら対策考えて、なにがダメだったのか、なにが弱かったからダメだったのかっていうのをずーっと朝まで考えてたんですけど、天心選手はボクシングに行って、階級もここからもっと変わっていくと思うし。まだまだ100%僕も気持ちが固まっているわけではないので断言はしたくないんですけど、天心選手との闘いだけじゃなくて、直接的な闘いだけじゃない闘いもあると思うんで、そういう意味でも新しい目標っていうのは1つ思ってることがあって。なので、そういう意味での闘いで言ったら、一生続いていくんじゃないかなと思ってます」
――拳や分離すべり症などの身体の怪我、うつ病とパニック障害という精神の病気での休養ということでしたが、年齢も30歳を超えて年齢的な問題も出てくると思います。復帰の際にこれについての不安はあるか
「年齢的なところで言うと、今のこの時代って、魔娑斗さんがよく言われるんですけど、30超えても身体能力カバーできるし、もっと上げていけるし、そこの部分よりもコンディションっていうのがむしろ、コンディションを全部整えたら、この数年よりもっといいパフォーマンスだったり動きができていくと思うし。ホント僕はメンタル、気持ちで闘うファイターなんで、そこの部分が壊れてたらなにも出来ないっていうか。なので、すべて心も身体もつながっていると思うし、そういう部分で全部しっかり治したら年齢とかは関係なく、なんでも出来るんじゃないかなと思ってます」
――UFCに行くという噂がありますが、その真偽について
「今はなにも答えられないし、試合から1週間経って気持ちも毎日揺れ動いてて、毎日考えてることも変わるし、1つ決心はしたんですけど、まだ明確に“なに”っていうことは考えないようにしてるし。心のなかで1個目標を作ろうと思ったこともあったんで、UFCだけじゃなくて、まだ僕には色んな可能性があると思ってるんで、1回心と身体を最高の状態にして、また改めてそのときに会見させていただこうと思うんで、そのときにはまたみんながワクワクして心を踊らせてくれるような、格闘技界がまたもう1回最高に盛り上がるようなお話ができたらと思ってます」
――武尊選手は非常にファンを大切にするイメージがあります。ファンからのメッセージで踏みとどまった部分もあるかと思いますが、そのファンへ武尊選手からのメッセージをお願いします
「ホンもうまさにその通りっていうか、負けたときのみんなからの言葉だったり、SNSに書いてくれたコメントだったりメッセージだったり、そういう言葉がなかったら僕はホントなんの後悔もなくキッパリ辞めるっていう選択肢を取ったと思うし。ホントもう綺麗事とかなく、こういう人たちの言葉ってこんなに響くものなんだなっていうのをこの1週間ホントに実感して。負けたら存在価値もなくなるって僕は思っちゃってたんで、『まだ試合見たい』って言ってくれる人もたくさんいたし、『辞めないでほしい』っていうことを何万人の人に言葉として伝えてもらえて、その言葉のお陰で、前向きな意味で身体を治す決心がついたっていうか。ホントに、僕に言葉をかけてくれた人たちもそうだし、心のなかで思ってくれてる人たちの気持ちも僕には届いているので、そういう人たちにも本当に感謝したいと思います。僕のワガママですけど、最後勝つ姿を見せてから終わりたいなと思ってます」
会見終了後、武尊がK-1の中村拓己プロデューサーに直接ベルトを返上し、深々と頭を下げてから去っていった。