初代タイガーマスクが小林邦昭戦を振り返り「小林さんを大スターにしたいと考えていた」
- 2026-9-28
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26日、神田明神にて『佐山サトル プロレスデビュー50周年・初代タイガーマスク45周年記念 初代タイガーマスク トーク&特別上映会』が行われた。
2020年からスタートした神田明神と“初代タイガーマスク”佐山サトルとのコラボレーション。
今回は9月19日&26日に、料亭大志満のランチ弁当を食べつつ、過去の映像を佐山サトルとともに見ながらのトークショーが行われることに。
19日には現在名古屋で開催されているアジア競技大会にて総合格闘技が正式種目に選ばれ、JOCのHPに『1980年代に日本の初代タイガーマスク・佐山聡氏が創設したシューティング(現・修斗)で開発されたオープン・フィンガー・グローブ(OFG)の誕生や早期の競技化が基礎となり、世界中へ普及した比較的新しいスポーツ』と記載されていることが発表され、佐山は「総合格闘技を作ったのはもう40年前で、それが今花咲いているのは大変喜ばしいことです」と語っていた。

本イベントが始まるとブラックキャットやクリス・アダムスとの闘いが上映された後、初代タイガーマスク専属マスク職人の中村ユキヒロ氏より当時のマスクの生地や縫いが今と違ったことが説明される。
そして佐山より、「ぬいぐるみマスクはぶっつけ本番でつけたため視界も悪く、熱くて体力が削がれてすごく疲れた」「このマスクでダイナマイト・キッドと闘っていたら5分で負けていた」と実体験が語られた。
続いて小林邦昭戦を見た後に佐山は「こんな時になんなんですけど、9月9日は小林邦昭さんの命日です。2年経ちました。今でも胸に込み上げてきて、大変悲しいです。小林さんと僕は若手の時代から、ずーっと2年先輩でお世話になって、大変優しい先輩でした。小林さんとは3年もすぎると先輩後輩なくなってきて、僕が先にメキシコ行ったんですけど2年後から小林さんがメキシコに来て一緒に住むようになりました。そこで僕が何を考えてたかと言うと、なんとか小林さんを大スターにしたい。お互いライバルとして上にあがっていけるように努力していきたいというような気持ちで、小林さんとの試合は必死でやりました。新日本プロレスのため、アントニオ猪木のため、師匠のため、世界を取るため、色々な何かのために試合を行うわけですけど、お金の事は全く意識しませんでした。僕らは新日本プロレスのため、先輩のため、そういう気持ちでリングに必死であがってました。そのうちの一人が小林邦昭さんです。この映像を見て、また冥福を祈りたいと思います。小林邦昭さんありがとうございましたという気持ちでいっぱいです」とコメント。

最後に寺西勇との初代タイガーマスクラストマッチが流され、「格闘技の道にこれから行く、すごく寂しい気持ちになりました。武道精神は武士道精神です。今の知恵を絞って40年間やってきた、精神とは何かを突き詰めていこうと思います。それは礼儀作法とか仁義礼智信とかにのっとったり、本物の強い精神とはなにか、敵を知り己を知り、完璧なる武道を作って行きたいと思います。日本人を変えます、元に戻します」と宣言し特別上映会を終えた
神田明神の初代タイガーマスク講演はまた来年となるが、11月14日には4代目タイガーマスクと中村ユキヒロ氏によるトークイベント『プロレスマスクを熱く語る会』が開催予定だ。
















