【訃報】85歳のドリー・ファンク・ジュニアさんが死去。最後の来日は83歳で電流爆破

5日、ドリー・ファンク・ジュニアさんが自宅で亡くなったことが発表された。
ドリーさんは1963年にテキサスでプロデビュー。1969年にNWA世界ヘビー級王者となり、その後王者となった際にはジャイアント馬場、アントニオ猪木、坂口征二らと防衛戦を繰り広げた。全日本プロレスレギュラー参戦時には弟のテリー・ファンクとのザ・ファンクスで活躍し、世界最強タッグ優勝やインターナショナルタッグ王座を戴冠。WWF(現WWE)ではブリティッシュ・ブルドッグス(ダイナマイト・キッド&デイビーボーイ・スミス)らと抗争を繰り広げたが、2008年全日本プロレス両国国技館大会にて引退試合。2009年にはWWE殿堂入りを果たした。
だが2013年に全日本プロレス両国国技館大会に出場し、その後PWF会長へ。2023年にテリーさんが亡くなり、2024年の『テリー・ファンク一周忌追悼・大仁田厚デビュー50周年記念特別試合 川崎伝説2024ダブルヘル電流爆破』に来日すると、ステージ4の食道がんと診断されていた西村修さんとタッグを組み、大仁田厚&雷神矢口と対戦。戦前からドリーさんはこれが最後の来日&最後の試合と明かしており、大仁田厚は容赦なく電流爆破バットでドリーさんを爆破。だがドリーさんが矢口にスピニング・トー・ホールドを決めると場内からは大歓声が沸き、最後はドリーさんの粋なはからいによって師弟競演が実現し、西村さんのスピニング・トー・ホールドで矢口がギブアップしていた。

試合後には「ドリー・ファンク・シニアから始まったファンクス一家の歴史は日本のファンに支えられてきた。私達は日本のファンが大好きです」と熱い気持ちを吐露し、「ネバー・クイット!フォーエバー!」を連呼して日本のリングを後に。
ドリー・ファンクJrさんの最後はフロリダ州オカラの自宅にて、奥様に見守られながら亡くなったという。85歳だった。
















