糖尿病で右足切断の元オリンピック日本代表レジェンドレスラーが“義足レスラー”として64歳にしてリング復帰!
- 2021-6-6
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- DDT, プロレスリングNOAH
6月6日、さいたまスーパーアリーナで開催された『CyberFight Festival 2021』で谷津嘉章が“義足レスラー”として復帰戦を行った。
谷津はレスリングの日本代表として1976年のモントリオールオリンピックに出場。その後新日本プロレスに入団し、アントニオ猪木とのタッグで日本デビュー。新日本プロレス退団後はジャパンプロレス、SWS、PWC、SPWF、WJなどを渡り歩き2010年に引退する。
2015年に復帰すると限定的に試合を行っていたが、2019年にDDTプロレスへの定期参戦を発表。しかし糖尿病が悪化し、わずか2ヶ月で右足を切断する事態となった。
だがDDTの高木三四郎社長の同級生が代表を務める川村義肢株式会社が、史上初のプロレス用義足を完成させ谷津をサポート。リハビリを終え、東京オリンピックの聖火リレーも無事勤め上げると、見事今回のプロレス復帰に至るまでとなった。
この日の15人参加時間差入場バトルロイヤルに一番手で登場した谷津は、大石真翔を相手にロックアップからヘッドロックで絞り上げ、さらにワンダー・スープレックスで投げ捨てる。さらに高鹿佑也が入場すると、ナックルからブルドッキングヘッドロックを繰り出し義足とは思えない動きを見せていく。中盤では平田一喜をワンダー・スープレックスで投げ捨て義足での監獄固めを狙うも、背後から井上雅央が谷津をスクールボーイで丸め込み3カウントを奪われてしまった。
復帰戦を終えた谷津は「自分の想定内で義足も壊れること無く外れること無く行った感じでした。こうしてプロレスの義足を開発していただいて、またリングに上ったってのは初めての経験で、世の中でも初めてだと思うんで。次に繋げる可能性を1つ自分の中で見出したかなって思いますね。ちょうど2年前くらいに片足切断して、最終的にどうなっちゃうんだろうっていう自分の迷いとか、暗い、真っ暗の中に入れられちゃった状態でした。かつて1987年頃、鶴田さん(ジャンボ鶴田)と組んで、最強タッグとか出た頃とわけが違いますんで。あくまでもプロレスってのは1つの自分にとっての通過点になるのかと思うんですけど色んなことはこれからですんで、可能な限りなんでもやって挑戦しようかなと思ってます。まだまだこんなもんじゃ終わりませんよって感じです」と、今後も試合を行っていく意欲を見せた。