プロレス・格闘技ニュースサイト『バトル・ニュース』の会員専用プレミアム版

Kouzyロングインタビュー【第2回】

Kouzyロングインタビュー【第2回】

140506_Interview-Title.png

暗黒プロレス組織666に所属するKouzyだが、プロレスラーになる前はロックバンドのボーカルを務めていた。CDデビューもしており、順風満帆な音楽活動……やはり兄のTOKIO山口達也さんと似たような芸能・音楽の世界で活躍していくと思われていた。しかし……
2011年2月25日、新木場1stRINGでライブを行っていたKouzyは、バンドのボーカリストとして圧巻のステージパフォーマンス披露していた。ところが一旦バックステージに戻ると、666のロゴの入った試合用コスチュームにレガース姿で再登場! 忍、藤田峰雄と組んでジ・ウインガー&円華&THE101を相手にプロレスデビュー戦を行ったのだが、試合前に痛めていた右腕を集中攻撃されて完敗だった。
この頃はすでに芸能人がプロレスをやることは珍しいことではなかったが、Kouzyはその後666に所属し、1若手として雑用などから行うようになり、しばらくしてバンドから脱退した。
正直「なぜ?」と聞かずにはいられない人生の分岐点なのだが、華やかで才能的にも向いていると思われる音楽の道からプロレスに大きく舵を切った理由をズバリ聞いた!
【取材・文/佐瀬順一】

ーーそもそも高校生の頃にバンドを組むなんて、まず第一にモテたいからじゃないですか! 音楽が好きだとか、ほかにもいろいろ理由はあるけど、何よりもモテたいっていうのありきですよね? キャーキャー言われたりしなかったんですか?

Kouzy これまた悪循環なんですけど、当時、少林寺むちゃくちゃ強かったんですよ(苦笑)。そこら辺の大会とか総ナメしていたんですよ。高校の部活に入った時点で、顧問の先生から「部員たちを全国に連れていくことがお前の役目だ」って言われて、3年連続で全国大会にも出場したんです。だから同級生からとか、めちゃくちゃ怖がられていたんです。

ーーこうやって話をしていても、もの凄い物腰柔らかな青年なんですけどね(笑)。

Kouzy いや〜、でも「中学生の頃、相当喧嘩とかしていたらしいよ」とか「アイツ、チャラチャラしてるけどキレたら怖いんだぜ」とか、噂を流す輩とかもいたらしくて。かわいい女の子とかはみんな離れていって、寄ってくるのはキティちゃんのスエット着ているようなギャルばかりで(苦笑)。「バンドやろうぜ!」って誘ってくるのも、どちらかと言うと湘南乃風みたいな人たちで……

ーーアハハハハハ! いまでいう湘南乃風みたいな人たちね(笑)。

Kouzy はい(苦笑)。そういう感じの人たちから誘われたら「NO」は言えないし、「とりあえずお前、歌えんだろ?」みたいな感じで。「乱闘大丈夫? この曲で乱闘だから」って言われたこともあったし(笑)。チョー怖かったですよ! 周りにそういう人たちばっかり集まっていて、本当に怖かったですね。

ーーじゃあ華やかそうな高校生活は、武道と強面バンドばっかりで黒〜い感じだったんですね(笑)。

Kouzy そうですね、黒かったですね。甘酸っぱいいい匂いとかあまりなかったですね。後楽園球場の匂いしかしませんでした。コンパとかも1回行ったことなかったですね。みんなが行き始める頃とか「俺も行きたいな」って思うんですけど、湘南乃風みたいな人たちに「俺ん家、来いよ」って言われて、後楽園球場の匂いがする部屋に行ってましたね。

ーーでも、そうは言っても彼女の1人や2人はいただろうし、甘酸っぱい青春の思い出くらいはあるでしょう?

Kouzy でも自分、本当にモテなくて……。硬派か軟派かで言えば、たぶん軟派だと思うんですよ。ユラリユラリとどこでも行っちゃうし、こういうキャラだったんで。でも周りにいる女の子はちょっと怖そうな人ばかりだったし、先輩と遊びに行くこととかはあったけど、彼女が出来て付き合ったとか、正直あまり記憶にないですね(苦笑)。中学のときなんてバレンタインのときに下駄箱にチョコが入っていたんで「おっ、俺にも春が来た!」って思ったんですけど、手紙が入っていたんで見てみたら「一生懸命作りました。ずっと好きでした。食べてください。フジクラ君へ」って書いてあったんですよ! 俺、山口なんで1つ上の下駄箱がフジクラ君なんですよ! 思い切りそのチョコレート食ってやりましたよ!

ーー食べたのかよ!(笑)片やお兄ちゃんのほうは、毎年トラック何台分のチョコレートが届くとか報じられているのに。

Kouzy こっちはトラックどころか自転車のカゴ1つも埋まらないですよ!

ーーせめて「お兄さんに会わせてよ」とか言って、女の子が寄ってきたりもしなかったんですか?

Kouzy あー、そういうのもあまりいなかったですね。なにせ周りに湘南乃風みたいな奴がいっぱいいましたから。でももっと「オメーの兄貴に言って女、紹介しろよ!」とか言ってくるような奴らばっかりだったら、俺の性格ももっと歪んでいたかもしれなかったですね。不思議とそういう奴はいなかったので、浮いた話もなかったけど、そういう部分で嫌な思いをしたこともなかったです。

140506_Interview-1.jpg
ボーカリストとしてリング上で輝いてみせたKouzy。そろそろレスラーとしてこの輝きを超える活躍を見せてほしい

無敵・最高と思われた20代だが、いま思うと…

ーーなるほど。でも、以前何かの記事で「来る女は拒まず。手当たり次第」みたいなのを読んだんですが(笑)、それはいつぐらいの話ですか?

Kouzy お酒を飲める歳になって、バーに行くようになってからは無敵になりました! もう20代前半は手当たり次第でしたね(笑)。1日に5人くらいとか、もう最高でしたね! いまはもう全然ですけど……

ーーおぉ、バンドマンっぽい(笑)。じゃあ高校卒業後もバンドは続けていたんですね?

Kouzy そうですね。高校卒業してからCDデビューして、何とかそれからもずっと音楽をやっていけてるので。「歌手になるぞ!」って思いながら中学生時代に聞いていたのは徳永英明さんとか藤井フミヤさんの曲なんですけど、プロレスごっこでエルボーを食らい過ぎたのか、ヘビーメタルに変わってきて……(苦笑)。それからX JAPANとかビジュアル系に変わったんですけど、いまは元X JAPANのTAIJIさんがいる“TSP”っていうバンドで歌わせてもらったりしているので面白いものですよね。

ーーじゃあ20代になってようやく春が来たというか、バンドでもデビュー出来て、女の子にも苦労しないで、順風満帆じゃないですか。

Kouzy でも気付いたことがあったんですよ。大体、10〜11月頃とかにモテはじめて、年が明けた頃に離れていくんです。それ以外にも何かイベントがあるときにはモテはじめるんですけど、イベントが終わったら離れていっちゃって。20代の俺は都合のいい女を回していったつもりでいたんですけど、結局一番都合良く使われていたのは俺だったんだなってことに気付きました。遊んでいると思ったら遊ばれていたんだなぁって……。最初の頃は抱いた女の数で武道館目指そうと思ったんですけど、30代になったいま振り返ってみたらライブハウスも埋まらないという……

ーーアハハハハ! とはいえ、20代は一応ミュージシャンっぽい生活を送っていたわけですけど、武道はその間もやっていたんですか?

Kouzy 師範代になって道場で教えたりはしてましたね。格闘技をやめたことはないです。

ーーでは観戦するほうではなく、やる側としてプロレスと出会ったのはいつ頃、どんなキッカケだったんですか?

Kouzy それは666が音楽とのコラボイベントをやったときですね(2011年2月25日、新木場1stRING『<DIE 666 怪>悪魔の乱交パーティー+絶叫屋敷の宴+番外編』)。嬉しかったですねぇ。

ーー最初の時点からそこでプロレスデビューすることは決まっていたんですか?

Kouzy いやいや、全然。単にプロレスと絡めることが嬉しかったですね。「生で観られるんだ! ラッキー!」みたいな感じでしたね。当時やっていたバンドのメンバーですごいプロレス好きがいたんですけど、その人に「ちょっと出ちゃいなよ」って言われて。そのひとことで本当に人生の歯車が狂いましたね(笑)。結果的に噛み合えばいいんですけど……

ーー当時はもうプロレスのテレビも雑誌も見ていなかったですよね? 666という団体は知っていたんですか?

Kouzy もう(プロレスは)追っかけてはいなかったので、666は知らなかったですけど、社長(=ザ・クレイジーSKB)のことは知ってました。面白いのが、このイベントに出るちょっと前に、ゴシップ記事が載っているアウトロー系の雑誌とかあるじゃないですか。そこで(宮本)裕向さんを見ているんですよ。たまたま特集されていて、「こんな人がいるんだ。カッコイイな! この人の生き方には負い目がないな」って思ったんですよ。その記事で「666」っていう印象は何となく残ったんです。で、いざコラボイベントの話を聞いたときに「666」って聞いて、「何か見覚えがあるなぁ。どこで見たんだっけなぁ」って思ったときに雑誌のことを思い出して「じゃあ裕向さんがいるのか?」って思ってテンション上がりました。

ーーそれはまた結構運命的なものを感じますね。

Kouzy でも不思議と裕向さんと絡んだのは、デビューする1週間くらい前まで全然なくて。時間が合わなくてずっと会えなかったんですよ。でも(ミュージシャンとしての)ザ・クレイジーSKBさんのことは知っていても、社長がプロレス団体をやっているなんて知らなかったですから。そういう意味ではバラバラに散らばっていたピースが、ビターッと全部合った気はしましたね。

140506_Interview-2.jpg
デビュー戦は先輩のTHE101に練習で痛めた右腕を狙われ、10分6秒スタンディング・アームロックでギブアップ負け

実はKouzyにとって666は何もかも理想的な場だった!

ーーザ・クレイジーSKB社長は音楽界ではかなりの有名人らしいですね。でも、そのザ・クレイジーSKBが666のバカ社長だってことは意外と知られていないんですよね。じゃあ、最初は666側から当時Kouzy選手がいたバンド(theCYCLE)に、コラボイベントへの出演オファーがあったんですよね。プロレスデビューの話はどこから出てきたんですか?

Kouzy さっきもちょろっと言いましたけど、当時のベースが俺以上にプロレスが好きで、「お前、格闘技やってるんだからちょっと出てみればいいじゃん!」みたいな感じでいじってきたんですよ。で、俺もノリで「じゃあやってみようかなぁ〜」何て言っていたんですけど、気付いたら(666の)彼岸花代表が来て「じゃあ、○○○と一緒に練習して」って言われて……

ーーあれよあれよという間にデビューするための練習を始めることになったんですね! でもとりあえずはコラボイベントでの1試合のみってことだったんですよね?

Kouzy そうですね。あとのことはとくに考えてはいなかったんですけど、プロになるための練習をしている段階で「やりたいな」っていう願望みたいなものはありましたね。練習していると“痛い”けど、ここに“居たい”なって思いもあって。(666は)何もかも理想的な場だったんですけど、こんな中途半端なミュージシャンが居ていい場所なのかどうかも分からないし、あくまでもネタというか1試合やって、社長の例の攻撃を食らって引退なのかなって思っていたんですよ。

ーーまぁイロモノというか、1試合限定の体験プロレス的なイメージはありましたね。

Kouzy ファンからもそう言われました。でもある日、彼岸花代表とかみんなで飯食っているときに忍さんから「Kouzyは今後、どうしていきたいの?」って聞かれてビックリしましたね。俺はこのままフェードアウトされちゃうと思っていたので、向こうからそんなこと言ってもらったんですごく驚きました。「居ていいんですか?」って聞いたときに、怨霊さんがボソッと「いいよ。別に」ってひとことだけ言ってくれて。

ーー怨霊選手らしいですね。普段しゃべらない怨霊選手ですから、恐らく幻聴ですけど(笑)。

Kouzy あぁ、そうですね(笑)。で、そこで正式に「お願いします」ってことで666所属としてやっていくことにしました。

ーーじゃあ2011年末でtheCYCLEを脱退したのは、プロレスに専念するため?

Kouzy はい、専念するためです。ちょっとリセットしようと思って。いまでこそプロレスと音楽活動の2つやってますけど、当時は無理ですね。別に俺がプロレスを始めたからメンバーとの関係がギクシャクしたわけでもなく、あまり器用なほうではないので、2つ一緒にやっていたら頭回らなくなっちゃうし、リセットする意味で。迷惑かけちゃいけないと思ったので。でもずーっと音楽だけやって食ってたんで、1年目は「俺、どうしたらいいんだろう?」ってなりましたね! 腐りました(苦笑)。

ーーまぁ666は新日本プロレスみたいに日本全国回って、年に何回か大会場でのビッグマッチがあってというわけじゃないので、生活すべてがプロレス一色になるわけではないですよね。

Kouzy そうなんです。やっぱりバイトもしなくちゃいけないなって思ったときに、ライブハウスのスタッフから出演オファーが来たら、アコースティックで歌ったりとかして食いつないでました。

ーー20代の10年をほぼ音楽で食べていたのに、プロレスラーとして食べていくための生活費を音楽で稼ぐという状態になったんですね(笑)。

Kouzy そうですね。何だかおかしな状態になりましたね(苦笑)。でもコンビニの店員っていうガラでもないし、水商売やったら女で人生終わっちゃいそうだし(苦笑)、自分が持っているもので金を稼ごうと考えたらそれしかなかったですね。バンド時代の知人から「お前、たこ焼き焼けるか?」って聞かれて1日だけたこ焼き焼くバイトとかもしました(笑)。

第3回につづく

Kouzy(コージー)
本名:山口公次。埼玉県草加市出身。2009年にメタルバンド「theCYCLE」に加入し、ボーカルを務める。2011年2月25日に新木場1stRINGで行われた暗黒プロレス組織666が主催した音楽とプロレスのコラボイベントに出演した際、プロレスラーとしてデビュー。その後theCYCLEからは脱退し、666所属となる。

【期間限定掲載】

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional