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佐藤光留ロングインタビュー【第3回】

佐藤光留ロングインタビュー【第3回】

佐藤光留ロングインタビュー

UWFインターナショルを離れる際の田村潔司ばりに、穿いていたレガースを脱いで客席に投げてDDTに別れを告げて以降も、全日本プロレスの『Jr. BATTLE OF GLORY』でDRAGON GATEの望月成晃とバチバチの熱戦を展開したと思ったら、その一方でスクール水着に素足でまだ雪が積もっている路上で米山香織と乱闘、さらにユニオンプロレスに電撃参戦! 2月28日にはハードヒットも控えており、相変わらず精力的に活動している佐藤光留。
DDTでは総選挙で1位に輝き、KO−D無差別級王座も奪取。鈴木みのるとの一騎打ちまで実現し、一度は頂点に立った光留が、そのDDTを旅立ってまで目指すものとは何なのか……
約15000字に及ぶロングインタビュー、最後の3回目でその辺のことが見えてくるはずだ。【取材・文/佐瀬順一】

ーーいまの全日本は地味さといい、無骨さといい、昭和プロレスのテイストを一番感じる団体かもしれないです。それだけにいまの新日本をはじめ、洗練されたエンターテインメント性の高い近代プロレスが好きなファンには取っつきにくいかもしれませんね。

光留 カードゲームが好きな子はたぶん見ないと思います。僕、テレビとかあまり見ないですけど、まぁ動向くらいは分かるじゃないですか。『笑点』ってあるじゃないですか。あれってあんなに高視聴率を取っているんだから、他のテレビ局が真似してもいいのに、どこも真似しないじゃないですか。結局、『笑点』は『笑点』なんですよ。『笑点』しかない、誰も真似が出来ないから存続していて、さらに高視聴率なんですよ。だからプロレスだって、本当はいま全日本みたいなプロレスじゃなくちゃいけないんです。でも、あれはどこも出来ないんです!

ーーあ〜、確かに分裂騒動の際、もし諏訪魔選手がWRESTLE-1に行っていたら、いまやっているようなプロレスはやっていなかったかもしれない。例えやっていたとしても、いまの全日本の会場で見られるような怪物的な強さを感じることが出来たかと言われると、恐らく無理だったような気がします。

光留 やっぱり全日本プロレスっていう(看板のもとでやれる)有利な点だと思いますよ。そういう部分はあると思いますし、そこのファンに「佐藤光留は全日本のジュニアに必要だ」って言われるのは嬉しいですよ。まぁちょっと「全然痛くありませんっ!」っていう、まったく自分が意図していないものが浮き始めるっていうアレはありましたけど(苦笑)。

ーー2月シリーズで行われるジュニアヘビー級のリーグ戦も、佐藤光留絡みのカードはどれも面白そうですからね。

光留 だからどこのジュニアにも俺は負けねぇっていうか、全日本に肩入れする気持ちが芽生えましたもん!

ーーおぉ! 全日本LOVE!

光留 パンクラスの人間ですけど、ほかのジュニアがどんなにお客が入っていても、俺は安易にお前らと同じことをしてお客を入れようと思ってないし、なんなら実際にやったら絶対に俺のほうが強いって思いますもん! まぁ、もちろん見世物として面白くなくちゃいけないことは前提として。

DDTで一度は立った頂点。全日本ジュニアでもう一度頂点へ。その先は…

ーーまた同時期に新日本プロレスのほうにはメキシコからルチャドールがたくさん来て、すごい空中戦を見せてくれた。あれはあれで見ていてすごく面白い。そんな新日本ジュニアの現在のトップがIWGPジュニア王者の飯伏幸太。その一方、全日本で佐藤光留が何とも男臭いジュニアの試合をやっているという構図は面白いですね。

光留 でもそれはマニアです。世間的に見たら「佐藤光留って誰?」って言われますもん。そこは自分の責任ですからね。

ーーDDTでは一時期本当に輝いていたじゃないですか。選挙をやれば1位になり、ファンの後押しを受けまくって飯伏幸太を破り、一度はベルトを取って頂点まで登り詰めたわけじゃないですか。

光留 人生で一番心が……安らげた日々でした(苦笑)。信じられなかったですもん。女性ファンが僕のところに来てる現実が信じられなかったです。でもそれを1回捨てないと、ダメだと思うんです。維持していくのも大変ですけど、大きくしようと思ったら1回壊さないと。

ーーDDTのときのように、佐藤光留が全日本プロレスのジュニアの頂点まで登り詰めて、ファン待望の世界ジュニア王座奪取! 押しも押されぬジュニア王者として、DDTの凱旋したら面白いですね。

光留 夢ですよ! IWGP(ジュニアを)持っている飯伏幸太と、世界ジュニア持ってる佐藤光留でやりたいと思いますもん!

ーーそれをDDTのビッグマッチでやったら、DDT的にも面白いですね!

光留 絶対にないとは言い切れないですからね! 鈴木みのると初めてシングルマッチやったのDDTですからね(笑)。(2004年10月12日に)鈴木さんに喧嘩を売ったとき、(東京ベイ)NKホールで出来なかった時点でもうないと思っていたのに、まさか同じ後楽園で出来るとは思わなかったですから。ボーナストラック的に自分の10周年記念興行(2010年2月28日、新宿FACE)でやったことはあったんですけど、ちゃんとプランニングされて1試合という形で鈴木さんとやるのが、まさかDDT後楽園大会(2011年8月28日)のセミファイナルだとは思わなかったですね。試合自体は僕のDDTワーストマッチだったといまだに思っています。いい・悪いじゃなくて、通じないという意味で。でもあれはひとつの夢の形だと思うし、辞めなくてよかったなと思ったし。これで全日本に主戦場を移していこうというときに、どこかで「辞めてぇな。もうこんなの辞めて普通に暮らしてぇな」って思うときもあると思うんですよ! こんなにプロレスに満たされていても、ふとしたときに思いますからね。

ーーうんうん。それは私も思うことがありますよ。

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2011年8月にDDTで実現した鈴木と光留の師弟対決。この一戦は光留にとってひとつの夢の形だった

光留 けど、そこで辞めたら夢ってものはもう見られなくなるって思ったら……。一度夢見ていたことを叶えることを知っちゃったら、もう無理ですよね。本当、心折れないし、「俺、どうやったら諦めるんだろう。もう死んじゃうしかないのかな?」って思いますもん!

ーーいち度夢を叶える喜びや快感を味わったからこそ辞められないっていうのもあるけど、夢を叶えるまでの道のりがどれだけ遠く険しいことかっていうのも同時に知ってしまうから、心が折れそうになることも多々ありますよね。

光留 DDTにいるときは何度も折れましたね。本当に折れましたよ。

ーーいち度、頂点に触ってしまったしね。

光留 生半可な頂点じゃなかったですからね。あそこで貯金を残さなかったのは、僕のプロレスラーとしての潔さだと思います(苦笑)。新技を考えるわけでもなく、コスチュームを変えるわけでもなく、デカイ団体に対してアレするわけでもなく、淡々と試合してましたからね。あれこそ変態性と呼べるなぁ。貧乏性とも呼べるけど。

ーー常々思いますけど、変態・変態って言われるけど、佐藤光留は本当にプロレスに対して真面目というか愚直というか誠実ですよね。まぁ確かに変態チックなことはするし、実際変態だけど(笑)、そういう部分をファンも分かっているからこそ、全日本の会場でも佐藤光留Tシャツを着ているファンがいっぱいいますからね。

光留 みんな変態って言ったら、すぐにストリート集団を思い出すじゃないですか。好きだけど(苦笑)、真面目に生きるって変態的な行為なんです! だって直線しか追いかけないないライオンと、物陰に隠れてシマウマを襲うライオンと、どっちがたくさんシマウマを食えるかって言ったら、絶対物陰に隠れているほうじゃないですか。でも、走って捕まえたいんですよ! 『サバンナチャンス』使っている人間としては。

ーー入場テーマにそんな秘密が!(笑)本当、やってきたことが変態的なまでに真面目だから、今回DDTを離れることになったけど、中澤(マイケル)選手との変態團だってあれだけ思い入れを持ってやってきたユニットだからこそ、いずれまたって思っているファンは多いだろうし、大和ヒロシ選手とだっていずれどこかでまた交わるんじゃないかと思っているファンは多いと思いますよ。

光留 あ〜。でも死んでる奴は無理っすよ。死んでる人間は無理かな〜(苦笑)。でも、そう言っていただけるのは有り難いんですけど、自分では好きなんで……いや、本当にそうなんですよ! 1月5日に(全日本の)山梨大会があって、帰ってきてからちょっと気分が昂ぶっちゃって、このままじゃ帰れないと思って(パンクラスの横浜)道場に行ってサンドバックを蹴っていたんですよ。

ーーあぁ、Twitterで書いてましたね(笑)。

光留 そうしたら近藤(有己)さんが「結局、一番金使わないのって練習だよね」っていう名言を残して(笑)。近藤さんと夜の11時過ぎに……偶然集まった30代の男性2人でシャドーするっていう時間があったんですよ(苦笑)。近藤有己を知らない人はぜひ調べてほしいんですけど、プロレス大賞の新人賞をパンクラス(所属)で取って、週プロの表紙も2回取って、PRIDEに出てもうまいこといったこともあれば、いかなかったこともある中で、いまだに近藤さんがパンクラスに残って格闘技を続けているのは、やっぱり「好きだからだ」って昔言っていたんですよ。僕もいまになって分かりますもん。好きなので。昔はやらなくちゃいけないだったんですけど、いまはやりたいなんです。もう寝るのも惜しいって思いますし。

ーー結局、そこが一番大きいですよね。

光留 昔、近藤さんが言った言葉で、僕がいまでも思い出すのが、試合前に僕がすごく緊張してすごいマイナス(な気持ち)になるときがあるんですけど、近藤さんが雑誌のインタビューで「それ(=試合前にマイナスな気持ちになること)っておかしいな。自分もそういう時期があったけど、なんで自分が子供の頃あんなにプロレスラーになりたくて頑張ってきて、さぁこれからプロレスとか総合のリングに立とうって夢を叶えたときに、なんでマイナスな気持ちになっているんだろう。俺、ここに辿り着きたくて、これがやりたくて、あんなに頑張ってきたのに。好きだったらマイナスな、ネガティブなイメージはなくていいんじゃないの」って言っていたことを、いまだに覚えていますね。

ーーなるほど、なるほど。

鈴木さんとできるだけ違うことをしたい。だけど、ふとした瞬間に…

光留 もちろん緊張もするんですけど、基本好きなことなので。だから飯伏幸太がチャンピオンになっても腹が立つんです! 「あんなのは俺の中ではプロレスじゃねぇ! なのに、あれをプロレス、プロレスって広めやがって」って、言ってることも好きなんです。

ーーあー、分かります、分かります。飯伏幸太の実力や強さをよく分かっているからこそだしね。

光留 いつか対戦したいってくすぶっているのも、やっぱり好きなんです。鈴木さんがプロレスに来るときに、「出来るだけ俺の下の人間っていう(イメージが)ないほうがいい」って言われたんですけど、何てこと言うんだって思ったんです(苦笑)。心のどこかで「俺、鈴木さんがいたからプロレスやりたいって思ったし、何なら鈴木さんの下ってことで、NOSAWA論外を使うんだったら俺のほいがいいんじゃないか?」って思うところがあったんです。

ーーアハハハハ。まぁ同じパンクラスMISSION所属で、直属の弟子ですからね。

光留 「それは鈴木みのるがいるからお前がいるだけだよ。お前の力で立っているんじゃないよ」って。それがMISSION入りする一番最初にあったんです。で、いろいろやってきて「あっ、いま俺、自分一人の力で立ててる」って何となく思ったときに好きになったんです。鈴木さんの言っていることも好きになったし、鈴木さんと出来るだけ違うことをしようと思って、パンツにたくさんスポンサーの名前入れました。

ーーそ、そこも?

光留 いや、そこから違うことをしたいんです! 鈴木さんがシンプルなタイツを穿くじゃないですか。僕、出来るだけゴテゴテしたのを穿きたいんです。鈴木さんは入場するとき、タオルを被って顔を隠すじゃないですか。僕は顔を隠すの嫌なんです。で、鈴木さんはゆっくり入場するじゃないですか。僕は走るんです。鈴木さん、レガースつけないじゃないですか。僕、レガースつけたいんです。なのに、鈴木さんはゴッチ式パイルドライバーっていう完全無欠の必殺技があるけど、僕にはなかったりするんですけど、ふとした瞬間に「鈴木さんっぽいね」って言われるときがあるんです。

ーーあー、あるある! 佐藤光留の試合を見ていて、「わー、いま鈴木さんぽかったなぁ」って思うとき、たまにありますよ!

光留 あれは……また好きなんですよ(※嬉しそうな笑顔で)。全然、意識してないですよ。1から10まで鈴木さんと違うことしようと思っているんですけど、つい……いや、ついっていうか、自分では似せようと思っていないのに、映像見たときに「これモノマネしてるんじゃねぇか?」って自分で思いますからね。そういう関係もやっぱり好きだし。結果、好きだったら何でも出来ます。好きになるっていうモチベーションがなかったら、僕も旅に出られなかったと思います。

ーー好きだからこそ、いい加減に出来ない。真面目に真剣に考えた末に、出した結論ですからね。それがいい決断だったのか、悪かった決断だったのかは、今後の佐藤光留次第ですからね。

光留 はい。だからDDTも好きだし、高木三四郎のことも好きだし、中澤マイケルのことも好きなんですよ。HARASHIMA、飯伏、男色ディーノのことだって好きだし、全日本プロレスのことも好きだし。じゃあ、その好きなものに対して、俺は裏切れんな、と思いましたね。

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2.11ユニオンプロレス横浜大会に参戦した光留。ユニオンを「旅の休憩場所」と表現したが、今後の展開は?

この項終わり

佐藤光留(さとうひかる)
1980年7月8日、岡山県出身。172cm、92kg。2000年にパンクラスでデビューし、ジョシュ・バーネットや中村大介、長南亮らと対戦。メイド服とネコ耳がトレードマークの“変態”として話題になりはじめ、2008年からは鈴木みのるが所属するパンクラスMISSION所属となり、主戦場をDDTにする。そのDDTとは2014年、レギュラー参戦継続の契約をせず、旅に出ることを発表した。

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