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飯伏幸太ロングインタビュー【第1回】

飯伏幸太ロングインタビュー【第1回】

飯伏幸太ロングインタビュー

『バトル・ニュースPREMIUM』の記念すべき一発目のインタビューを誰にしようかと考えたとき、真っ先に浮かんだのが飯伏幸太だった。
飯伏にとって2013年は大きなタイトルを奪取したわけでも、メインイベントに何度も出たわけではないが、間違いなくターニングポイントとなる年になるだろう。
そのひとつの要因が、東京スポーツ制定プロレス大賞2013の年間最高試合賞(ベストバウト)を受賞した、新日本プロレス「G1クライマックス」8月4日・大阪ボディメーカーコロシアム大会での中邑真輔戦だ。
いま、飯伏幸太にじっくりと聞いておきたい話があると判断し、約15000字に及ぶロングインタビューを行った。その模様を3回に分けて掲載する。【取材・文/佐瀬順一】

ーーあけましておめでとうございます。

飯伏 えっ?

ーーいや、これ、2014年1月1日更新予定なので…

飯伏 あ、なるほど。

ーーでは記念すべき『バトル・ニュースPREMIUM』一発目のインタビューということで。

飯伏 あぁ、そうなんですか。なるほど。じゃあ、やりますか? やりましょう!

ーー2013年をざっと振り返りたいのですが、新日本プロレスの1.4東京ドームはプリンス・デヴィット、ロウ・キーとIWGPジュニアを争う3WAYだったんですね。この頃からすでに新日本の準レギュラーだったと思いますが、やっぱりドームに出るっていうのは何か違いますか?

飯伏 いや〜、2年前の2011年のドームも出ているんですけど、ドームは最高過ぎますよ。何て言うんですかね、会場の“空間”よりも、やっぱりドームっていう“響き”ですよ。それが最高! ドームで出来るなんて、ファンの頃とか思ってないですからね。デビューしてからも思っていなかったですね。

ーーそれは飯伏選手がデビューした頃のDDTは、まだまだインディー団体だったから?

飯伏 もちろん、そうです。DDTじゃなくて新日本に入っていたら、下のほうで出られたかもしれないですけど、自分は“インディー団体のDDTに所属しながら”まさかドームに出られるとは思っていなかったですね。しかも2013年の1.4は2回目ですからね!

ーー2011年のときはまだ外敵っていうか、インディーで活躍している選手がドームにゲスト参戦って感じだったけど、2013年のときはもう新日本での実績もかなりあったし、準レギュラーとして参戦した感じでしたね。

飯伏 そうですね。結果的にはどっちもプリンス・デヴィットに負けて残念だったんですけど、声援とかすごい聞こえたんで。自分なりには全然満足していますね。

ーーやっぱり2013年の1.4のときは手応えがあった?

飯伏 ありましたね。楽しく試合が出来たというか、負けたけど何かつかめた感じしましたね。

対ヘビー級を意識した身体作り。そして待望の『G1』初出場

ーーその後も新日本の準レギュラーとしてビッグマッチには定期的に参戦していたけど、何と言ってもビッグサプライズだったのが、8月の『G1クライマックス』初出場の発表でした。

飯伏 来ましたねぇ。自分の野望としては去年……あ、えーと2012年くらいからあったんですよ。

ーーあ、わざわざ言い直してくれてありがとう(苦笑)。

飯伏 もう(BEST OF)SUPER Jr.はちょっと常連っぽくなってきたし、(2011年に)優勝して、そのあと(IWGPジュニアの)ベルトも獲ったんで、ヘビーっていうのを意識するようになっていたんですよ。で、一番意識したのが2013年ですね。それは(1.4)ドームのあとです。

ーーそれはドームでIWGPジュニアを賭けて、デヴィット、ロウ・キーと3WAYマッチをやったけど敗れて、ひと区切りってわけじゃないけど、一旦目線を変えるというか……

飯伏 そうです、そうです。区切りってわけじゃないですけど、まぁ一旦……っていう気持ちではありましたね。それまでも意識的に少しずつスタイルをパワーっぽくチェンジ……ってわけじゃないですけど、パワー系も少し含めるような感じでやっていたので。

ーー確かにそれまでの打撃や飛び技に加えて、ラストライドとか実はパワーも結構あるんだって思う場面が増えましたね。

飯伏 2012年くらいから徐々にパワーっぽい練習とか、身体を大きくする練習とかをよりするようになりましたね。

ーーそれはやはり新日本に出るようになってから、いくら同じジュニアヘビー級とはいえ、デヴィットとかガタイのいい選手が相手だから?

飯伏 そうですね。ジュニアでも分厚さが全然違いますね。本当の力っていうのも絶対に必要ですけど、見た目っていうのもすごい重要だなって思いましたね。新日本に出はじめて、ヘビーを意識しはじめてからサイズっていうのはすごい大事なんだなって感じはじめました。

ーー『かっこいいカラダ NEXT STAGE vol.12』(2010年)の表紙になった頃に比べると、確かに身体は大きくなりましたね。

飯伏 そうですね、デカくなりましたね。例えば威力が同じだったとしても、(身体が)大きいほうが見栄えが全然違うというか。やっぱりその部分って、プロレスでは結構重要じゃないですか。そういうものを感じましたね。

ーーそうですね。やっぱり大きいほうが迫力も違いますからね。でも身体を大きくしていく中で、ヘビー級に転向してみようかなみたいな意識は?

飯伏 意識はないです。転向はないです。

ーージュニアヘビー級へのこだわりがある?

飯伏 そうですね。ジュニアヘビー級でありながらヘビー級に勝つ、もしくはヘビー級のベルトを獲るっていうのが、自分の中で目標……ではないですけど、それが出来たらかっこいいなって思っています。

ーー新日本のヘビー級、IWGPヘビー級王座の歴史を振り返ってみても、確かに実現したら大偉業ですよね。でもだからこそ面白いというか、「ひょっとして飯伏幸太なら出来るんじゃないか?」「飯伏がやったら面白いな」と思うファンはいると思いますね。

飯伏 そうですね。そう思ってもらえたら嬉しいですね。

ーーじゃあヘビー級の祭典といってもいい『G1』への出場は、飯伏選手にとって渡りに船というか、「待ってました!」って感じだった?

飯伏 自分はやっぱり新日本プロレスを見ていたとき、『G1』は欠かさず見てましたからね。その『G1』に出られるっていうのは……何か自分じゃないみたいな感じでしたね。自分は実際出ているんですけど、出ていないみたいな。見る側にいるみたいな感じですね。

ーータイミング的にはどうでした? 例えばIWGPジュニアのベルトを獲って、ジュニア王者としてヘビー級に乗り込んだほうがよかったとか。

飯伏 あ〜。いや、自分はもう何もない状態でいってよかったと思います。あの時はどう思っていたか分からないですけど、いま思うと何もない状態のほうがプレッシャーも(少ないし)。「ジュニアだけどベルト持っているから負けられない」とか、そういう状況じゃなくて、何もないフラットな状態でいけたのがよかったのかなっていう気がしますね。何でも出来たというか。

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左が2010年に発売された『かっこいいカラダ NEXT STAGE vol.12』、右が2013年8月の飯伏

開幕前から意識していた中邑真輔戦で……覚醒!

ーーなるほど。何でも出来たという部分では、中邑真輔戦なんかはリミッターまで外れた、またいつもとは違う飯伏幸太の一面も見せてくれましたが、あの試合はどうだったんですか?

飯伏 あの試合をやる前から……もっと言えば、リーグ戦のブロック分けが決まった時点で、正直どこかで中邑さんのみを意識していた部分っていうのがあって。もちろん、全員に全力でいくっていうのははじめから言っていたし、初戦(8.1浜松大会での矢野通戦)から全力だったんですけど、どこかに中邑真輔って部分を残しているというか。最初の段階からそこで全部を使い切る(気でいた)というか、すべてを出し切ってやろうっていう(気持ち)があったんで。

ーーそれは最近の中邑真輔を見ていて、獲物としておいしいと言ったら何だけど、対戦するのが面白そうとか、そういうものがあったんですか?

飯伏 あ〜〜〜〜。2〜3年くらい前に一度だけタッグでやったんですよ。後楽園ホールかどこかで。その時に何かを感じたんですよ。何か……自分が元々やっていたキックボクシングの部分、格闘技の本能というか……やっぱりプロレスをやってきて、そっちの闘争心的な部分が減ってきていたんです。それが中邑さんが相手だと、蘇れるんじゃないかなと思って。それがたぶん“覚醒”だと思います!

ーー純粋に勝つだけことを目指す格闘技と比べると、プロレスは勝つことだけすべてじゃない分、ほかに考えないといけないこと、やらないといけないことも多いですからね。でも、それって格闘技のベースがある上で、プロレスラーとしても実績がある、まさしくメジャー団体・新日本プロレスの選手である中邑選手だからこその部分って感じですか?

飯伏 まさにそうですね。もう全力が出せるんじゃねぇかなって。本当の全力が出せるんじゃねぇかって思ってはいたんですけど、それを本当に引き出してくれましたね。

ーーいや〜、私は残念ながら映像してしか見てないけど、それでも十分面白い試合でしたよ!

飯伏 自分はあの日、まったく記憶がなくてですね……。いわゆる“意識が飛んだ”ってわけじゃないんです。本当に……本当に覚醒したんです!

ーーランナーズハイというか、プロレスラーハイみたいな感じ?

飯伏 はい。ランナーズハイになったこともないですし、いわゆるクスリでハイになったこともないですけど(苦笑)、たぶんこんな感じなんだろうなぁって。

ーーテレビで見たときの表情がもう普段と違ってましたね。

飯伏 ヤバかったですか?

ーーある瞬間から、いわゆるゾーンに入った感じになっていましたね。

飯伏 アレが自分の本能……いわゆる闘争本能ですね。やっぱり出ましたね!

ーーあの場面が見られただけで、飯伏幸太が『G1』に出た価値があったというか、飯伏幸太の中の何かが覚醒して、ひと皮剥けた瞬間でしたね。

飯伏 あ〜〜、自分もそう思いました。あとでアレを映像で見て、本当によかったなぁと思いましたね。ためになったというか。

ーーケニー(オメガ)選手と日本武道館でやったとき(2012年8月18日)、試合後に「この形では限界までいった」みたいな発言をしていましたけど、中邑戦はケニー戦とはまた違う方向で1つ突き抜けたような感じがしました。

飯伏 はいはいはい、なるほど、なるほど。そうですね。それはありますね。方向は違いますね。

ーー対ヘビー級用飯伏幸太っていう方向性が見えた感じですよね。結局『G1』は3勝5敗だけど、3勝している中には優勝した内藤哲也選手にも勝っているし、初出場の『G1』は飯伏選手的には納得できるものでしたか?

飯伏 そうですね。自分の中では出るまでのあいだ、ずっと「挑戦」って言っていたんですけど、この挑戦で分かったのは、まぁ自分の中ではですけど、ちょっと通用する部分もあるなって。ヘビーとしてもやっていける可能性は、ちょっと見えたかなって思いますね。それが一番の収穫というか。だからすごくためになりましたね。

ーー短期間で新日本のトップを張っているヘビー級の選手と連日シングルマッチをやったのに、大きなケガをせずに完走したというにも大きいですね。

飯伏 そうですね。ヘビーの中に入ってもケガしなかったっていうのは、自分の中でも結構自信になりましたね。後藤(洋央紀)さんもケガしたし、天山(広吉)さんもアバラやって。自分も対戦するはずだったんですけど、不戦勝になったりしましたからね。ケガ人が出る中、自分はケガしなかった……これは自信がつきましたよ。これを乗り越えたら、ある程度何でも大丈夫な感じになりました。

ーー最終日(2013年8月11日、両国)なんかは6人タッグに出場して石井智宏選手とかなりバチバチやり合ってましたけど、その姿が実に堂々としていて、自信に溢れてましたね。6人タッグの中にインディーの選手がポコっと1人入ったという感じでも、単に派手な飛び技をやって盛り上げるだけでもなく、きっちりと存在感を出していましたよ。

飯伏 自分の中では、そう見えるなら最高ですね!

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第2回につづく

飯伏幸太(いぶしこうた)
1982年5月21日、鹿児島県出身。181cm、85kg。得意技/フェニックス・スプラッシュ。学生時代から“プロレスごっこ”をするのが好きで、中学生の頃にはもうムーンサルトプレスが出来たという。大誠塾で空手を学んだあとDDTに入門して2004年にデビュー。2013年には史上初となるDDTと新日本プロレスの二団体所属選手となる。

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