中邑真輔と西村修がUDONプロレス5周年東京初進出にお祝いの花!ウクライナ避難民も観戦!

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 2018年3月に香川県にて旗揚げし、数々のご当地レスラーを世に輩出したUDONプロレスが旗揚げ5周年を記念して東京に初進出。3・12新木場1stRINGにて『ウドキュメンタル』を開催した。

 この興行にはウクライナ避難民を無料招待することが決定しており、ウクライナ大使館が公認する支援マッチングサイト『デジタル大使館』を通じて10名ほどの避難民の男女が来場。
 レック株式会社の永守貴樹社長も、UDONプロレスの本拠地である香川県三豊市に国内で一番大きい工場を持っていることから縁があり、当日応援に駆けつけるとともにオープニングコールやタイトルマッチ宣言を行った。

 代表のツクダ監督が「地元香川でやってるUDONプロレスをそのままこの東京大会でするというのが僕の考えでもあったんで、高松で僕たちがやってるそのままのカードを産地直送しました」と語った通り、各選手“いい試合を見せる”ではなく楽しそうにリング上でキャラクターを披露。
 YoutuberのシバターにそっくりなPMショーゴがシバタームーブでボコボコにされ、菊間瓦権造がタケちゃんマンを彷彿とさせるコマネチムーブで年齢層の高いファンから応援を浴びる。
 シングル王座であるKOS無差別王座を持つマリンライダーJRに挑んだタイガー・J・キ新は、「やってやるって!」と維新軍的なヒップアタックを打ち続けるがマリンライダーが電車殺法のウヤ(=F5)から転車式踏切ボンバーで王座防衛。
 タッグ王座は今治タオルフェイス&藤田あかねが、ヨシノ・リヴァー&宮本“ルナカ”裕向を相手にバチバチした試合を繰り広げ王座防衛に成功した。


 この日はプロレス界の追っかけとして各団体を支え続けて35年となる“だんご山”こと高橋亜矢子さんも来場し、WWEの中邑真輔からお祝いの花が会場に届けられる。さらにリングに西村修が現れ「高橋さんとは私が新人時代でございますから1990年、坂口征二さんがちょうど新日本プロレスの社長に変わられました年でございます。そこでミスター高橋から『あそこのファンの人に挨拶してこい。ちなみに名前はだんご山って言うんだ』。その付き合いから33年経ってしまいました。当時の新日本プロレス、高橋さんのご功績なくてほんとにこの大成功というのはなかったことでございます」と花束贈呈を行った。

 メインイベントではUDONプロレスを代表するレスラーのUDON次郎が最凶ヒールUDONレスラーのマ・ルヨシとタッグを組み、昨年の3・5UDON旗揚げ記念日の再戦となるFREEDOMSの佐々木貴&葛西純組と対戦。前大会ではベビーのUDON次郎とヒールのマ・ルヨシが外敵を相手にタッグを結成し迎撃に乗り出したが、マ・ルヨシが葛西純のイス攻撃で流血し鼻骨を骨折する大敗北を期した。1年間で大きな経験を積んだ2人が東京に乗り込みリベンジ戦へ挑むと、成長著しく一進一退の攻防を見せる。しかし佐々木のアシストから葛西がパールハーバースプラッシュを投下し、弱った次郎を最後は葛西が垂直落下式リバースタイガードライバーで突き刺し3カウント。

 UDONプロレスは『5周年で東京大会、10周年で後楽園ホールで解散』を宣言しているが、佐々木と葛西はその解散興行で同じカードで再戦することを約束しリングを後に。
 これを受けてマ・ルヨシも「自分で吐いたツバ飲むんじゃねーぞオイ!プロレスラーはいい試合すんのが仕事じゃねー。勝つのが仕事だ!」と、UDON次郎も「お前らに関わって完全に人生狂ってんだよ!俺はどんだけお前らにボコボコにやられても、心はまだ死んでねーんだよ!俺は心が折れるまで、お前らの背中這いつくばってでもずっとお前らを追いかけ続ける!それまで、絶対に逃げんじゃねーぞ!」と叫んだ。

 初の東京大会にも関わらず、様々な県や国からUDONプロレスを見に会場は満員のお客さんが来場。コシとクセの強いUDONプロレスが東京にしっかりとした伝説と爪痕を残した。

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