【インタビュー前編】「コロナと戦争は密接に関わっている」世界を旅した“文豪レスラー”TAJIRIの新著書『戦争とプロレス~プロレス深夜特急』が著作に込めた思いを熱弁

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「世界を回っているプロレスラーだからこそ見えてくる景色があって、それは政治家の先生たちが高みから見ている表層的なものとは違うんじゃないかと思います」

 『プロレスラーは観客に何を見せているのか』(草思社)、『プロレス深夜特急』(徳間書店)などコンスタントに著書を発表している“文豪レスラー”TAJIRI。今年9月に発売されたプロレス深夜特急シリーズ第二弾、『戦争とプロレス プロレス深夜特急「それぞれの闘いの場所で・編』(徳間書店)も売り上げ好調だという。
 日本を拠点に世界各国を旅して、試合や現地の若手レスラー向けのセミナーを開催し、フランシスコ・アキラやギアニー・ヴァレッタら優れた逸材を発掘する一方で、国内では「九州プロレス侵略」を宣言し、九州プロレスで抗争を繰り広げている。
 リング内外で活躍するTAJIRIに『戦争とプロレス』を書くに至った経緯や、著作に込めた思いを聞いた。

(聞き手・撮影)茂田浩司

――『プロレス深夜特急』シリーズ第二弾『戦争とプロレス』、発売おめでとうございます。
「ありがとうございます」

――今回は「戦争」と「プロレス」という壮大なテーマに挑みましたね。
「担当編集者に『今度、ヨーロッパ7か国を回るんですよ』という話をしたら、ちょうど今年の2月にロシアのウクライナ侵攻が始まったこともあって『戦地から近い場所を巡業するなら、現地の様子をルポして来たらどうでしょう?』ということになったんです。その直後に本の企画も通って、話がパタパタと決まって『プロレスラーだから見えてくるものがあるかしれない。ヨーロッパでいろんなものを見てこよう』と」

――なるほど。本の中では戦争と共に「新型コロナとどう向き合うか」も重要なテーマになっていますね。
「結果的にそうなりましたね。僕は『コロナと戦争は別もの』と思ってヨーロッパに向かったんですけど、第1章の最後でポーランドのレスラーにインタビューしているんですが、密接に関わっていたのだなと思いましたね。ポーランド政府はコロナ禍政策などのデタラメで国情を悪化させてしまったのに、すべての責任はロシアとウクライナの戦争だと国民に刷り込むようなことまでしている。日本にいたら分からなかったウクライナ難民の境遇だとか、現地で初めて知ることがたくさんあってびっくりしたんですよ」

――ロシアのウクライナ侵攻のニュースは報じられますが「ウクライナの避難民も経済状況で避難先が違う。富裕層はオーストリアに避難した」という話はこの本で知りました。
「ポルトガルのレスラーからの話ですが、ウクライナからの金持ち難民はプール付きの豪華な施設で暮らしていて、その一方、現地の若者は完全失業率20%超で、路上生活者も少なくない。ヨーロッパではそういう話が当然のように話されていますけど、日本ではまったく伝えられていないですね」

――ヨーロッパと日本では地理的なこともあって切実さが違うと感じました。本の反響として、第一弾の『プロレス深夜特急』はプロレスファン中心だったのが、今回は読者層が変わった印象があります。
「そんな感じはありますね。Amazonでもプロレス本として扱われてないんですよ。だから、思いも寄らない人が感想をつぶやいてくれたりしますね。僕のプロレスを見続けてきた人ではなくて、英語の講師の先生だったり、僕の本の読者ではなかった方が『ウクライナ、コロナ禍』をキーワードに本を手に取って『プロレスラーはこういう風に見ていたんだ』という。世界を回っているプロレスラーだからこそ見えてくる景色があって、それは政治家の先生たちが高みから見ている表層的なものとは違うんじゃないかと思いますね」

――現地の人の家に泊まり、地元の人しかいかない店で飯を食い、現地のレスラーと酒を飲むTAJIRIさんだから見聞き出来た情報や視点がたくさんありました。
「そういえば、先日の九州プロレス後楽園ホール大会の時に、マルタ共和国の大使館の人や観光協会の方が大挙して見に来てくれました。現地の『プロレスリング・マルタ』に参戦した時のことを書いているんですが、地中海を見下ろす絶景の会場に作られたリング、そして試合後に照明を落とすと笑っちゃうくらいの真っ暗闇と星のまたたき。マルタの豊かな環境も見たまんまに書きました。そういうところにも興味を持ってくれたのかもしれません」

――Amazonのレビューを見ても、旅やヨーロッパに興味があったり、戦争やコロナという社会問題に興味を持つ人の感想がほとんど。レスラーの著作として異色作ですね。
             *
――TAJIRIさんの本に登場する海外のプロレスラーたちは「世界各地のテリトリーを旅して回っている」人たちですね。日本人レスラーの大部分は国内から出ないですが、世界にはTAJIRIさん的な人がたくさんいるんだなと。
「ヨーロッパの選手なんかは、アメリカだろうとメキシコだろうと隣の県に行くような感覚で行っちゃうんですよ」

――そこはプロレスラーの特色で、野球やサッカーとも違いますね。世界各地を回り、現地の「レスラー仲間」とすぐに握手出来る。
「世界各地のリングに行っちゃうような人は、スポーツ選手だという自覚がないんだと思います。詩人が世界を旅して、各地で詩を書いていく感覚に近いかもしれないですね」

――そんな実態を、TAJIRIさんは「旅芸人」と。
「そうですね」

――日本だと所属団体に出続けるのがプロレスラーだと思われてますけど、世界から見たら特殊なケースかもしれないですね。
「数の論理でいえばそうなるかもしれないですね。プロレスって、そもそも発生の起源から外国ありきじゃないですか。『昭和のプロレスが好き』という人は外国にフラっと行くような人が多いかもしれないですけど、そこは個人によるのかな。(グレート)小鹿さんなんかは若手の頃に海外修行から帰ってきた後は、海外に試合をしに行くことはまずなかったでしょうし」

――TAJIRIさんは日本から出国できるようになると、すぐに海外に行って試合をしたり、現地のレスラーに指導することを始めていましたが、海外と比べた日本はどうでしょう?
「喧嘩にたとえれば、外国は喧嘩をし終わって普通の状態に戻るのが早いんですよね。でも日本は非常に遅くて、そこに停滞してしまいがちに思えるんです。これはコロナについても言えることかもしれないんですが、この本の中ではコロナ禍のさなかのアメリカでのことも書いていて、去年10月の時点でほとんどマスクをしてる人がいなかった。アメリカにもテロとか戦争とかいろんなことがあるんですけど、国自体が有事への対応に慣れている感じがありましたね」

――この本を書くにあたって苦労した点は?
「苦労した点は……。なんも苦労してないですね、ええ(笑)」

――移動して、試合して、プロレスを教えて、また移動の合間にパソコン持参で原稿を書くのは大変そうでしたけど。
「どんなに眠くても、どんなに時間が無くても、書かなくてはいけないですからね。やっぱり感じたことって、その時に書かないと忘れてしまうんですよね。時間が経つと違うものになってしまうので」

――その土地、土地になじむには酒の付き合いもしないといけない、とも書いてましたね。
「ええ、そういう付き合いもちゃんとしながら書いてましたよ。酒の付き合いは義務感というよりも、試合の後はどうしても酒が飲みたくなっちゃうんですよね(笑)」
              *
――全日本プロレスから海外武者修行に出た「斉藤ブラザーズ」の話もインパクトがありました(*兄ジュン、弟レイ。共に大相撲出身で190センチ越えの超大型双子レスラー)。生命力の強さというか、どんな土地でも生きていけるたくましさが凄いなと。
「彼らの本質も『旅人』ですね。世界の行く先々で、形を変えられるんですよ。ちょっと目を離してると、もう現地の人と仲良くなってるんですよね」

――斉藤ブラザーズは海外修行で変わりましたか?
「実は、途中まであまり変わっていなかったんですよ。イギリスで会って、アイルランド、スコットランドに行って、そこまで変わっていなくて。『これ、9月の日本武道館大会の前に凱旋させるにはあまりにも変化がないぞ』と不安になっちゃって。そして、マルタに来て試合をしたら、ギアニー・ヴァレッタがひと目で『斉藤ブラザーズの足りない部分』が分かったそうなんです」

――TAJIRIさんがヨーロッパで才能を見い出して来日させたヴァレッタ選手。凄いですね。
「彼もマルタには大勢の弟子がいて、教えている立場ですからね。それで次の日から斉藤兄弟をヴァレッタの道場に呼んで、ヴァレッタと僕で徹底的に特訓をしたら2、3日で信じられないぐらい良くなってしまったんですよ。室温40度を越えるような灼熱の道場で、一歩中に入ると汗が吹き出すような過酷な環境でしたけど。そこで何時間もやりましたよ」

――具体的にどんな変化が起きたのでしょう?
「彼らは余計な動きがやたら多くて、それを無くすにはどうしたらいいかを徹底的に教えたんですよ。興味のある方は、前作『プロレス深夜特急』に詳しく書いてあるので読んで貰いたいですけど、リング上で動くための基本があって、その通りにやらせたんですよ。日本でもやっていたんですけど、海外に出て忘れてしまっていたんですよね。で、やっとそれが感覚的に理解出来た時期がたまたまマルタにいた時に来たと思うんです。特訓をしたらスイスイ動けるようになりました」

――そうだったんですね。
「あとは、一緒にいた1か月間は『プロレスラーはリング上で何を見せるのか。キャラクターなんだよ』という話を、座学や酒を飲みながら、毎晩毎晩ずっとしたんですよ。その辺の感覚も日に日に変わって、最後の1か月間はアメリカでおさらいして、日本に戻ってきた時は『斉藤ブラザーズ』というキャラクターを確立しましたね」

――おお、そうですか。
「一度試合を見て貰えば分かりますが『全日本プロレスで、他にいないキャラクター』になったと思うんですよ。団体の中における『空き家』をちゃんと狙って作り上げて、それが日に日に良くなっています。『自分らは日本人じゃないから、全日本プロレスの中でみんなと同じことをしてたらダメ』という自覚もある。彼らのことを知らない地方のお客さんは、彼らを見て『デッカいガイジンレスラー』だと思ってると思いますよ」
              *
――「世界初のシリア難民レスラー」の話も印象的でした。世界中を回ってきたTAJIRIさんにとっても「シリア難民レスラー」に出会ったのは初めてですか?
「もちろん初めて会いました。彼、ジョージ・コーカスは『世界初のシリア難民レスラー』だと思いますし、プロレスのまったく違う境地が開けたと思いましたね」

――ジョージ選手の境遇には驚かされました。
「彼はIS=イスラム国の兵士に目の前で友人たちを惨殺されているんです。銃撃をかいくぐりながら命からがら逃げ続け、その後、定員をはるかにオーバーする人数でゴムボートに乗り込んで母国シリアを脱出。途中の海上で同乗した難民15人が海に投げ出されて死んでしまったそうです。その後、トルコを経由してヨーロッパへ徒歩移動してドイツに辿り着くんです。彼は子供の頃に見た『WWE』を夢見て、難民認定されたドイツでプロレスラーになり、現在もキャリアを積んでいる。彼の過酷な人生をプロレスラーになることで一変させようと闘い続けているんです。ジョージのタフな半生はここではとても語りきれないので、本の中での独白をぜひ読んでほしいですね」

――ジョージ選手は子供の頃に「WWE」を見てプロレスラーになる夢を抱き、英語もWWEで覚えたそうですね。
「英語が母国語ではない国のプロレスラーたちの多くは、英語をそうやって覚えているんですよ。アキラ(*フランシスコ・アキラ。全日本プロレスで世界ジュニアを獲得後、現在は新日本プロレスに参戦。IWGPジュニアタッグ王座を奪取)なんかもそうなんです」
――WWEネットワークの世界的な広がりを感じる話です。
(後編に続く)

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