PANCRASE 290でアキラと対戦する郷野聡寛が公開練習!ブラジルから帰国し12年振りのPANCRASE参戦と格闘技人生について思いを語る!

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 9月12日午後、都内中野区のGRABAKAジムで、郷野聡寛が公開練習をおこなった。
 郷野は「PANCRASE 290」(10月8日、ディファ有明)でアキラ(フリー)と対戦する。
 郷野はパンクラスで闘いながら、キックボクシングやPRIDEにも参戦。2006年以降はPRIDE、UFC、戦極(SRC)などで活躍した。SRC解散後は再びキックボクシングに参戦2012年にはDEEPで総合格闘技に復帰。しかし、同年、Bellatorに初参戦するも、試合後の記者会見で引退を発表した。
 しかし、翌2013年、DEEPで再び総合格闘技に復帰。2014年からはブラジルに渡り、活動していた。
 ジェットコースターのような郷野の格闘技人生だが、再び日本に戻って活動することを決意。復帰の舞台にパンクラスを選んだ。参戦するのは2005年3月以来、実に12年半ぶりとなる。

 郷野は取材陣が到着する前から既に練習を始めており、既に汗だくだった。練習内容はサーキットトレーニング。渾身の力でミットを抱き足に挟む、台に上がってボールを落とす、床に置いたサンドバッグを殴る、吊るしたサンドバッグにぶら下がるなどの運動を3分ほどで繰り返す。見た目にもキツそうなトレーニングだった。

 現在42歳。10月7日が誕生日なので、試合の前日には43歳になる。「皆さんがいるから、いつもより余分に頑張っちゃった。キツかったー」と笑った。
 郷野にとっては必要不可欠な基礎トレーニング。試合がない時でも、これをやっていれば大丈夫と、精神安定剤的効果もあるのだと言う。

「ブラジルでは、チームとしての練習が優先だったんで、自分に必要な練習とか、やりたい練習ができませんでした。この年だから、若い人と同じことをやっても効果が上がらないこともある。必要なことをピンポイントでやるのが必要なんですよ。でも、チームに合わせなきゃいけないので、限界をかんじていました。ここままでは自分が弱くなっていくと思ったんです」

 と言う。試合が少なかったのはそのためなのか尋ねると、

「いや、試合のオファーはたくさん来ていました。でも、あまりギャラが良くなくて。これを受けていたら値崩れを起こしてしまうので、試合ができなかったんです」

 そのため、このままブラジルにいても仕方ないと考え、帰国したのだった。

 久しぶりのパンクラス。いつも、秋の気配を感じると、2001年にあったパンクラス対GRABAKAの対抗戦を思い出すという郷野。しかし、またパンクラスに上がることになるとは思っていなかったと言う。

「帰って来て、こうしてオファーを頂いて、ありがたいことです。でも、懐かしさはあまりないです。今のパンクラスは、自分が上がっていた頃のパンクラスとは全然違うと思っていますし、周りからもそう言われています。初舞台に挑む感じ。海外のイベントに出るような気持ちで作って行きます」

 と話した。
 対戦相手はアキラだ。豪快なパンチを持ち、北岡悟や徳留一樹らと激闘を繰り広げて来た。郷野より12歳年下の、イキのいい選手だ。

「やり甲斐ありますね。闘うなら、一発でランキング入りできるような選手とやりたかったので、願ったりかなったりです。一回り年齢の違う相手ですけど、ブラジルでも18歳、19歳ぐらいの選手と闘いましたし、この年でやっていれば、若い選手と闘うことになるのは普通のことです。でも、誰と闘う時でも、自分がやれることっていうのは変わりませんからね。俺、あんまりタックル切るとかできないし(笑)、昔からそうだったから」

 と、余裕の表情を見せた。

 帰国してGRABAKAに戻ったのは、菊田早苗から来たメールがきっかけだった。

「ブラジルに行って最初の1ヶ月は本当に苦しくて帰りたかった。でも、もう日本に居場所はないと思って。そのタイミングで菊田さんからメールが来たんですよ。『日本に来ることがあったら、飯でも食おうよ』って。それが、本当に心にスッと入って来たんですよ」

 と当時を振り返る。日本で会うと、菊田は「また練習においでよ」と誘ったという。郷野は

「そう言ってもらえて、嬉しかったです。戻ることがカッコ悪いとか恥ずかしいとか全然なくて。何のわだかまりもなくスッと入れたんです」

 と話した。
 隣に座った菊田は「いやー、僕もちょうど試合(ADCC)を控えていたんで、タイミング良かったんですよ」と笑った。
 現在、お互いの試合に向け、昔のように一緒に練習しているという。初めて出会ったのは1995年。離れていても、その絆に変わりはなかった。

「あと、もうひと花咲かせたいんですよ」

 と郷野は話し始めた。

 実は、格闘技以外にやりたいことができたのだという。

「それをやるためには、今すぐ始めても間に合わないくらい。そのためにも早く区切りをつけなくては」

 元プロ野球選手の新庄剛志のように、リングネームを「GONO」に変え、3シーズンほど試合をして引退したいと話す。

「ひと花っていうのはね、Bellator」にもう一度出ることなんです。あの時、記者会見で引退のことを話したら、記者全員がスタンディングオベーションしてくれた。俺はそれを見て涙が止まらなかったんですよ。でも、そんな風に位送ってもらったのに復帰しちゃって。だから、もう一度Bellatorに行けたらいいなと思います。心残りを少しでも小さくしたいので。そういう思いがなくなったら辞めるときですね」

 ブラジルでは練習環境や試合にはあまり恵まれなかったが、良いこともあった。それは、日本や日本の文化の素晴らしさを再認識できたことだ。

「同じアジア人でも、やはり日本人というのは尊敬される存在です。日本の文化やメンタリティを改めて見直しました。日本人は海外から一目置かれる民族なんだと感じられましたし、日本人としての誇りを感じました」

 と話した。
 そんな日本に、再び居場所ができた。初めて入るパンクラスのケージ。果たして郷野には、どんな風景が見えるのだろうか。

(写真・文/佐佐木 澪)

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