永島勝司 ゴマシオ親父のつぶやきR[第26回]

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先日、具志堅用高の世界殿堂入りパーティーの招待を受けた会場で、帝拳ジムのマネージャーであった長野ハルさんにお会いした。懐かしくて、「今お姉さん幾つ?」「私90歳よ!」「お姉さん、俺72歳。」「色んな事あったわねー。」と、話は弾んだ。
そして、同時に俺は昔を思い出した。東京スポーツ時代に瀬川幸雄という男が世界に挑戦した時の事を。それは、1979年9月6日、青森県八戸で、相手は当時のチャンピオン、アール・カルドナWBA世界フェザー級チャンピオン。この男が公開練習をやった時に、パンチングボールを打てないのをこの目で見た。

「これが何で世界チャンピオンなんだよ!?」

俺は当時、瀬川を徹底的に応援していたんだ。この試合は絶対に勝てる、と確信し、俺は東京スポーツに記事を書いた。パンチングボールを打てないチャンピオンが何なんだこいつ。翌日の東京スポーツに瀬川は勝つ。と、書いたんだ。
その時に、長野のお姉さんは、「永島君、ボクシングの世界チャンピオンは懐ろに色んな物持ってんのよ。簡単に判断しちゃいけないよ。」この言葉を受けたが、それでも俺は瀬川が八戸で挑戦した時、絶対勝てる。との思いでその特集記事を全部組んでいた。その時には、お姉さんの言った言葉が俺はまだ解らなかった。

蓋を開けてみれば完封なきまでに世界ジュニアフェザー級チャンピオンの一方的な防衛で終わった。3-0で瀬川は負けた。その前にお姉さんが言ったひと言。

「世界チャンピオンとは、色んな懐ろを持ってんのよ。簡単に判断しちゃいけないよ。」

まさかこのひと言があの結果に終わるとは。パンチングボールが叩けないチャンピオンに何が出来るんだ。と、思っていた俺の全てを覆してしまった。

俺はそれから以後、ボクシングの取材に対して目から鱗が落ちた。それを教えてくれたのは長野ハルという大変な人だった。人間というのは、どっかで、何かが無ければ、何も出来ねぇんだよな。それを教えてくれた長野ハルさんが、今90歳。今だに帝拳ジムの会計をやっていると聞いてしびれたなぁ。
今、色んなボクシング取材をしている記者がいるけど、こんな奥の深いひと言を感じたほうがいいなぁ。長野ハルという、帝拳ジムの生き字引は、俺からとってみるととんでもない“おっしょさん”。

あのパーティーで会って「私、90歳。永島君は?」と言われた時、俺は泣いたなぁ。今のボクシング記者達は外面に惑わされなく、真相を極めるために頑張って欲しいなぁ。具志堅のパーティーはとんでもない俺に対して頑張りなさいよ、と、本物を失っちゃいけないよ。という教えだったと思う。これは本当に素晴らしい再会だった!

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