赤井沙希インタビュー[第1回]プロレスラーではなくK-1ファイターになっていたかも…

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元プロボクサーで俳優の赤井英和さんの娘で、タレント・モデルの赤井沙希が2013年8月のDDT両国国技館大会でプロレスデビューしてから早いもので1年以上が過ぎた。
赤井は団体に所属することなく、あくまでも所属は芸能事務所の「オスカープロモーション」のまま、主にDDTにスポット参戦している。にも関わらず、ドラマティック総選挙2014では何と6位! これだけで赤井がDDTファンから“ドラマティック・ドリーム・チームの一員”として受け入れられていることが分かる。
そこで赤井本人にこのプロレスラーとしての1年間を振り返ってもらいつつ、そもそもどうやってプロレスと出会い、なぜプロレスをやろうと決めたのかを聞いてみることにした。
血筋的にはファイター向きなのは何となく分かるが、じっくりと話を聞いてみると、プロレスをまったく知らなかった赤井が、何年も前からちょっとずつ“プロレスを好きになっていった”ことがよく分かった。
【取材・文/佐瀬順一】

ーーまずはドラマティック総選挙6位、おめでとうございます!

赤井 ありがとうございます。

ーー赤井選手本人も結果発表のときに言っていましたが、DDTファンに受け入れられた感じがしますね。

赤井 私がいなくてもDDTは面白いし、成立するじゃないですか。そこに自分が入っていいものか……もちろん、DDTをもっと上にあげたい、広めたいっていう気持ちはあるんですけど、出しゃばり過ぎないほうがいいから、あまり出過ぎた真似はせんでおこうという思いもずっとありました。だけど総選挙はDDTファンの人たちが私のことをどう思っているんやろっていうのが数字として出て来る場だと思うので、何とかアンダーボーイズ(24位以内)までには入りたいなって思ってました。

ーーそれはなぜ?

赤井 枠の外で「DDTっておもろいねん!」って言いながらたまに試合に出るよりも、24位以内に入れば一応DDTの一員として、外の人に「DDTっておもしろいですよ!」って言っていいんだって思ったんで。オスカー(プロモーション)所属ですが、「中に入りたい!」っていう思いが強かったですね。

ーーなるほど。総選挙については後ほど詳しく聞くとして、スポット参戦とはいえプロレスデビューから1年以上経って、試合にもだいぶ慣れた感じがします。まあ、そもそも血筋から言えばサラブレットというか、格闘家向きというか……

赤井 プロレスの練習をしはじめたんは、デビューが決まる2〜3か月前からでしたね。でも元々運動神経がそんなにいいほうじゃなくて(苦笑)、走るのも遅くて50メートル走が1ケタになったことがないんです。泳げへんし、走れへんし、逆上がりもできへんし。

ーーえぇ! そんなに出来ないんですか?

赤井 デビュー前にチェリーさんと(マサ)高梨さんと特訓している映像があるんですけど、それ見るとでんぐり返りも出来てない。首がぐにゃぐにゃしちゃって真っ直ぐ転がれなくて。「これ大丈夫か」って感じだったんですけど(苦笑)、努力でどうにかなる部分だけでもどうにかしようと思って、家でもベッドの上で受け身取ってました。

ーー近所迷惑な……(苦笑)

赤井 引っ越したばかりだったのにベッド壊れましたよ(笑)。

ーー意外にもまったく体育会系じゃなかったんですね。そもそも2009年にK-1のイメージガールになったのが、一番最初に格闘技に関わったことだと思うのですが、これはモデルの仕事として?

赤井 そうですね。そもそもボクシングのおウチやったけど、私はボクシングをやったこともなかったんですね。でもK-1は割と好きでテレビでよく見ていたんです。レイ・セフォーが大好きで。

ーーセフォーファン!(笑)でも当時の格闘技はリングサイドや放送席にタレントがよくいましたし、赤井英和さんの娘がモデルをやっているということで、イメージガールの話が来たっていうのは分かりますね。

K-1イメージガールのオーディションに行ったら、まさかの……

赤井 オーディションがあって、ほかの女の子には「ほかにどんな仕事してるの?」とか「ちょっとウォーキングしてみて」とか言っていたのに、私には「リーチどれくらいあるの?」とか言われて(笑)。

ーーまあ赤井選手は身長もありますし、血筋的には強そうなイメージですからね(苦笑)。

赤井 私、(身長が)174〜175センチくらいあるんですけど、リーチが185あるんですよ。身長よりリーチが長いんです。だから「キミ、選手やらない?」って言われて(笑)。

ーーイメージガールのオーディションに行ったら、まさかの選手へのスカウト!(笑)

K-1イメージガールだった赤井

2009年にK-1のイメージガールを務めていた赤井沙希。確かにリーチが長いが、このとき数年後にリングに立つことになるとは誰が思っただろうか……

赤井 とりあえず話題性もあるし、身長もあるし、ウォーキングも出来るってことでイメージガールをやることにはなったんですけど、同時にいまから練習して「K-1女子を盛り上げてほしい!」って言われて。「えー。でもボクシングもやったことないんで……」って言ったんですけど……

ーーK-1MAXのときの魔裟斗選手みたいに、やっぱり目玉になる選手が欲しいだろうから、赤井選手を目玉にしてK-1女子を本格化させるっていう狙いはあったでしょうね。いまでいえば南海キャンディーズのしずちゃんみたいな感じで。

赤井 ああ、そうですね。えーと思ったんですけど、それまで何かをやり切ったってことがなかったので、「よし、やる!」ってなったんですよ。

ーーえっ! 一度はK-1をやるってなったんですか!?

赤井 まずはボクシングから始めようってことで、ジムに通い始めたんです。でもそのことが親に伝わっちゃって「(親子の)縁を切るぞ!」って言われて、めっちゃ喧嘩して。

ーーあ、親御さんは格闘技をやることに反対だったんですね。

赤井 そうですね。で、喧嘩をしている間に何だかその話がうやむやになって2009年が終わったんで、もうないのかなと思っていたんですけど、2010年になったらまた「ぜひやってほしい」って言われたんですよ。一応、ボクシングだけは痩せるから続けていたんですけど、結構肩がゴツくなったりしちゃったんで、撮影の前だけ汗をかきに行く感じになって。そうしているうちにK-1の仕事が終わりました。

ーー当時K-1を主催していたFEGがいろいろあったんで、K-1女子まで手が回らなかったのかもしれないですね。でももしかしたら、赤井沙希はプロレスよりも先にK-1ファイターとしてデビューしていた可能性があったんですねぇ。2010年でK-1の仕事が終わって、翌2011年にはTBS系のドラマ『マッスルガール』でプロレスラー役を演じてましたね。

赤井 あ、そうや! マッスルガール!(笑)私、結構格闘技と絡んでますね! 気付いてへんかった。

ーーそうですよ! 当時からちゃんとバトル・ニュースは取材していますからね!

初リングは自分の中に役が入ったまま舞台に上がる感覚で

赤井 2011年何かあったかなと思ったらマッスルガールや! 当時はプロレスは見たことがなくて。で、女子プロレスラーの役だからちょっとプロレスを勉強しなくちゃと思ったんですね。私はヒールの役やったから、ヒールの立ち振る舞いとかを勉強しようと思ったんですけど、私の中で女子プロレスのヒールってダンプ(松本)さんとかブル(中野)さんで止まっていたんで、今風のちょっと悪いけど綺麗でカッコイイ人って誰なんやろうと思って、ちょっと調べて見つけたのが仙女の悲恋さん(※2011年11月に引退)。綺麗でカッコイイイやんって思って、ドラマではちょっと悲恋さんを意識しました。

ーーあ、役作りのために初めてプロレスを見てみたって感じだったんですね。

赤井 そうですね。完全に仕事のひとつとして見ていましたね。そうしたら「エキシビションに出えへんか?」って話が来て、「えぇ、嫌や。怖い!」って思ったんですけど、そのときはまだ役が自分の中に入っていたんで。

2011-6-1アイスリボンでエキシビションマッチを行った赤井沙希

2011年6月にアイスリボンでTBS系ドラマ『マッスルガール!』で演じていたビッグデビルこと向日葵としてエキシビションマッチを行った赤井。ヒール役だったため、いまとだいぶ雰囲気が違う

ーーじゃあ、ドラマの役のまま舞台に出るような感覚で?

赤井 そんな感じです。で、エキシビションですけど実際に試合をしてみたら、大人になってこんなに暴れたら普段だったら怒られるようなことでも(見ている人には)喜んでもらえるんやって思って、面白い世界やなって思いましたね。でも、私の中でプロレスは一旦そこで終わりだったんですね。でも、2012年に今度は新日本プロレスのラジオっていうお仕事が来て……何か、知らんかったけど、こうやって振り返ってみると、めっちゃ段階踏んでますね〜(笑)

ーーそうですよ。実は2009年からプロレスデビューする2013年まで、何かしら格闘技かプロレス界で仕事していますからね。だからこそ、赤井沙希がプロレスデビューするって聞いたとき、突然別世界からやってきたっていう感じはあまりしませんでしたよ。

赤井 知ってる人は知ってたんですね。何か(プロレス界周辺を)うろちょろしてた(笑)。マッスルガールのときは女子プロレスしか見ていなかったんで、『ラジオ新日本プロレス』のアシスタントをやるってなったときは、まだ男子プロレスは怖いっていうイメージが結構ありましたね。血が出たりとかデスマッチとか。今になってみれば、そういうのもプロレスのひとつの表現の仕方って理解は出来ますけど、当時は血まみれになっているイメージがあまりにも強くて、男子のプロレス=全部が血まみれみたいな感じでした。

ーーでも、そういうイメージがある女の人って多いでしょうね。

赤井 何で痛いことをわざわざしているのかが分からなくて……。でも、そんなことを言っておいて、その頃整髪料のCMに新日本プロレスが出ていたじゃないですか。それを何となくボーッと見てて、カッコイイ人いるなと思って調べたら中邑真輔選手だったんですよ。だからラジオ新日本プロレスの仕事が決まって、新日本プロレスについて調べているときに「あのときのカッコイイ人、新日の選手やったんや! キャー!」とか思って(笑)。それキッカケで中邑ファンになって、番組と共にどんどんハマっていったんですよ。

ーー分かりやすいほどのミーハーじゃないですか!(笑)

赤井 でも当時は何も知らんかったから、結構失礼なこと言ってたんですよ。棚橋(弘至)さんが疲れているような感じだったから「大丈夫ですか? 疲れてはるんですか?」って聞いたら、「大丈夫です。疲れたことないんで」って言ってくれたのに、「そうなんですか。それなら良かったです」って普通に流してしまって(苦笑)。

ーー逸材は疲れたことがないっていうお約束なのに、まさかのスルー!(笑)でも、最近の新日本プロレスは女性ファンもすごく増えていますが、最初は何も知らずに「○○選手がカッコイイ」とか入る人がほとんどでしょうから、同じような感じですね。

赤井 そうそう! だからまだ何も分からへんとき、「なんでロープに振ったら戻ってくるんですか?」って、ゲストで来た選手とかに聞きましたもん。それで「ただ戻るだけじゃなくて、自分が逆に攻撃することだってあるし、カウンターを狙っている相手の動きを読むことだってある」みたいなことを言ってもらって、わー、納得!って(笑)。

【第2回につづく】

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赤井沙希赤井沙希(あかいさき)
オスカープロモーション所属のモデル、タレント。1987年1月24日生まれ。京都府出身。身長174センチ。2006年には旭化成せんいキャンペーンモデル、2009年にはK-1イメージガールとなる。2011年にはTBS系ドラマ『マッスルガール!』にビッグデビルこと向日葵役として出演。同年6月1日には埼玉・アイスリボン道場で星薫役だった志田光とタッグを組んで、藤本つかさ&真琴と10分間のエキシビションマッチを行った。ラジオ日本『ラジオ新日本プロレス』(2012年4月〜2013年3月)ではアシスタントを務める。2013年8月18日、DDTの両国国技館大会でプロレスデビュー。

赤井沙希オフィシャルサイト

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